また例の広報担当者から注文がきた。この社員を最近は密かに「コケボウ」と呼んでいる。「コケの生えた暴力派の社員」という意味だが、もちろん「ズッコケ社員」という意味もある。口に出すと何をされるかわからないから、心の中だけの呟きだ。

注文(命令)は「ゴルフのことを書け」。前回、「ゴルフ(社員からはあれはゴルフではないといわれるほど下手)」と書いたのが目に留まったらしい。社長を笑いものにできるなら給料はいらないというぐらいの広報担当者だから「これ、これ」と思ったのだろう。その手には乗るものかと抵抗してはみたが、やはり「コケボウ」の威力には逆らえない

僕がゴルフを始めたのは56歳の時。それまではゴルフは軽蔑の対象だった。

第1に自然破壊である。狭い国土の山野をけずりとってゴルフ場を作るとは何事か。第2に除草剤や科学肥料などの農薬漬けのどこが健康にいいのか。第3に金持ちのするスポーツであり、貧乏サラリーマンがやるものではない。第4に丸一日が潰れ、家族団欒も勉強する時間もなくなる。言ってみれば「亡国のスポーツ」ではないか。

ところが職場のコンペで「どうしても一人足りないから、格好だけでも出てくれ」と誘われた。その前は40歳のときからテニスをやっていたのだが、腰痛でリタイアーしたこともあり、ついつい、その気になった。クラブは先輩から押し付けられた6本だけ。

練習場には強制的に2回だけ連行された。ルールもマナーも分からない。「とにかく前に打って、穴に入れればいいだけ」といわれて、尺取虫のごとく前に進んだ。ついでに丘に登り、谷を下り、山岳部なみの難航苦行を重ねた。

終わってみたらスコアーは130台。同行者は「初めてのコースで、これだけだったら天才だ」とか「ひょっとしたら隠れて練習していたのではないか」とか「生まれつきゴルフの才能があるんだ」とか、口を揃えて誉めそやす。

後で気が付いたのだが、空振りもチョロも数えない、グリーンでOKの出た分も数えないというでたらめ。本当は160以上は叩いていたはずだ。同行者はそれを知っていながら、何とかゴルフをやらせようという魂胆から誉めそやしたのだから、悪質な詐欺に引っかかったようなものだ。

ともあれ、僕の悲しい転落の歴史は始まった。
自然保護派の友人たちからは「節操のない裏切り者」呼ばわりされ、家族からは「どうせ2,3回行けば諦めるだろう」と冷たい目を向けられた。だが、時すでに遅し。数日後、初心者向けのゴルフセットや教則本などを買い込んだ。余談だが、この時、対抗心を燃やした女房はバカラのデキャンタ(赤ワイン入れ)を買ったが、僕のゴルフセットの方が安かった

事情を知った友人、知人から次々と誘いがかかる。どうやら僕とゴルフをやると、絶対に優越感を感じられるということらしい。僕の方はやるたびに劣等感を持つ。それでも誘いはなぜか断れなかった。もがき、あえぎつつ、僕はゴルフという泥田の中に首までどっぷりと浸かってしまったのだ。