先日、貴重な体験をした。と言ってもたいしたことはない。水前寺成趣園の能楽殿で開かれた出水神社の夏祭行事の薪能(たきぎのう)で、薪の点火役の奉仕を引き受けただけのこと。
まず社務所で袴(はかま)、裃(かみしも)に着替えさせられた。生まれて初めて。実は一度は袴、裃を着てみたかった。帯をキュッと引き締められると、身も心もシャキッとしてくる。白足袋に草履(ぞうり)を履いて、公園内の砂利道を歩く。靴だとごつごつして歩きにくいのに、草履だと道に吸い付くようで実に歩き心地がよい。神社の境内に砂利が敷き詰められていることに納得がいった。

僕は単純至極だから、侍にでもなったような気分になった。ついでに大小の刀も欲しくなった。白扇を片手に、用もないのに、あっちうろうろ、こっちうろうろ。我ながら馬鹿だねェ。とはいっても黄昏時の公園は、時間が経つに連れて池面や築山の陰影が微妙に変化していく。いくら眺めていても飽きない。思わぬ余禄につい、口元が緩む。

役目は能の開始時に能舞台の前に座り、一旦、退座して、暗くなるころ再び能舞台の前に行き、薪に松明様の棒で点火するだけ。能舞台には近代的な照明があり、真昼のように明るい。薪は3箇所だけ。それでも火が付くと能舞台に炎の揺らめきがほのかに反映して、幽玄の趣を醸し出す。近代的照明の単調さではこうはいかない。伝統の揺らめきとでもいおうか。

なんでも戦後、薪能が最初に復活したのは鎌倉市で、2番目は出水神社とか。熊本は加藤清正の時代から能が盛んで、やはり伝統文化の厚みがあればこそのことだろう。もともとあった能楽殿は昭和40年、原因不明の火災で焼失。その後、八代・松井家から邸内の能舞台の寄贈を受け、現在地に移築されたという。能楽殿そのものにも歴史の厚みを感じる。

観客席はほぼ一杯。立ち見の人もいる。昨年はもっと多かったというが、日ごろ馴染みの薄い能にこれだけの人数が集まるとは。中高年齢層だけではない。子供や若者の姿も多い。伝統文化が当事者や関係者の間だけにとどまっているだけでは、いずれ廃れていくだろう。やはり幅広い支援者や鑑賞する人たちがいないと。そういう意味でも若者の姿に、熊本の伝統文化が受け継がれていく姿が重なり、うれしく思った。

翻って、我がKABは開局15周年目。いまだこれといった伝統もない。「KAB文化」と呼べるものもあるかどうか。ケービィーだけが文化であっては困る。僕もいつまでもコケボウや真夏の火鉢にかかずらわっている暇はない。やはり僕はこれからKABの伝統文化を築き上げていかなければいけない。いやいやそうでもない。9月に11代市川海老蔵披露松竹大歌舞伎をやるが、このところ歌舞伎はKABの看板になってきた。やはりKABの伝統は築かれつつあるのだ。

ちょっと熊本の伝統文化の片鱗を覗いたくらいで、僕はいろいろ考える。こんなところが僕の軽佻浮薄なところだろうな。コケボウたちが、影で笑い転げている姿も見える。我ながらKABの将来が、いささか不安になってきた。

コケボウのひとこと

先々週の「審美眼」の話といい今回の話といい、最近やけに高尚なイメージを植えつけようとなさってませんか?(笑)

袴に裃ねぇ。
赤胴スズノスケの歌がふいに口をついたのは何故でしょう???