僕は中学生か高校生の頃、「大人になるということは心が汚くなるということではないか。僕は大人になっても子供の心を持ち続けよう」と考えていた。変にひねこびた子供だったことは間違いない。折りに触れては、このことを思い出しながらも、心はどんどん汚くなっていった。それでもジジイになった今でも、心の片隅に干からびた子供の心がカサブタのようにこびり付いているような気がする。

なぜ恥を忍んでこんなことを書くかというと、理由がある。KABと「親を大切にする子供を育てる会」主催の「こどもの詩(ポエム)コンクール」の作品を読むと、僕の干からびた子供の心が、水を注いだように膨らんでくるからだ。思わず知らず、涙が滲んでくる。これは僕だけではないと思う。ひとつだけ作品を挙げてみよう。

熊本朝日放送賞に選ばれた熊本市立城南中学3年、岡村希(のぞみ)さんの「かけがえのない大切なもの」
『何故 私は 耳が聞こえないんだろう 何故 私は 障害をもって産まれてきたんだろう ・・・・・お父さん お母さん 耳が聞こえなくて 困ることがたくさんあるよ 苦しくてたまらないときも 悔しくてたまらないときも いっぱいあるよ・・・・・お父さん お母さん 私に 耳の障害 もたせてくれて ありがとう 今ね ほんとうに 心の底から 耳が聞こえなくてよかった って思うんだ だってもし障害をもっていなかったら 今の私はいなかったと思う それに 私のかけがえのない大切なもの 何なのか 誰なのか それを すぐ見つけることができたから お父さん お母さん いつも 本当にありがとう 体に無理をしないで ずっと元気でいてね・・・』

長い詩なので抜粋でしか紹介できないのが残念だが、岡村さんの素直な気持ちは一部分でも伝わると思う。なんて素晴らしい子供なんだろう。コメントすることがヤボになる。17回目になる今回のコンクールには5045人の応募があった。優秀賞までを読ませてもらったが、一生懸命働くお父さん、お母さんの姿、親子のさりげないが愛情のこもった会話などが、生き生きと描かれている。どの作品にも感動と生命力が溢れている

最近は親が子供を、子供が親を、友達が友達を殺すという末世的な事件が続発している。殺伐とした親子や友人関係など、まさに救いようのない世相だ。しかし、子供たちの詩を読んでいると、事件とは全く無関係な、愛情と信頼関係が一杯の家庭が沢山あることを実感させられる。そしてそれがごく普通の家庭なのだろう。子供たちにも親にも、子供たちの詩をぜひ読んでもらいたい。12月には入賞作品の詩集が発売される予定だ。表彰式は9日(土曜日)午後1時から、熊本市の産業文化会館で行われ、その模様は18日(月曜日)午後2時からKABで放送する。こちらもぜひ見て欲しい。

僕の干からびていた子供の心は、「こどもの詩」のお陰で、少しは精気を取り戻してきた。この清純な気持ちを大切にしよう。そのためにも心の汚れた大人の社員にはできるだけ近づかないようにしなければ・・・。それが誰かって。口が裂けてもいえない。多分、本人たちは気付いているだろうから、僕の側に寄らないで欲しい。

コケボウのひとこと

「こどもの詩コンクール」は、KABの開局記念イベントとして始めたイベントです。
私も1回目から10回目までを担当したのですが、毎年寄せられる作品は、子どもの真っ直ぐな目で「お父さんお母さん」を捉えた作品ばかりで「鬼の目に涙」と揶揄されながらも、読み進めるうちにウルウルしてしまったものです。
本当に子どもの心は純心。
余談ですが、我がコケボン「お母さんが世界一優しい!」とキッパリ言い切る純心無垢な子どもです。
子どものお話を社長から受け取ったと思ったら、今日は朝から紀子さまが男の子を出産されたという、おめでたいニュースが飛び込んできました。
男の子だ、女の子だと生まれる前から話題の中心が性別だったように思いますが、どちらでも大事な命であることには、変わりはないはず。
もっと「生命の誕生」という視点で喜びたいなと思うのは私だけではないでしょう。
お健やかなご成長を心からお祈り申し上げます。