釣りは自然と対話できる数少ない機会だ。なにしろ細い道糸を通してサカナと話ができるのだから。浮き釣りの場合は、サカナが針に掛かってから釣り上げるまでのやり取りが中心だ。糸を緩ませると、サカナは逃げてしまう。だからといって強引に巻き上げると、糸は切れてしまう。このやり取りはまさにサカナとの対話に等しい

浮きを使わない釣りはサカナが餌に近づいた時から始まる。例えば、チヌ釣りでは小指の爪ぐらいのカニが餌の場合、道糸が不自然に弛んだり、コツッと手ごたえがあった瞬間に合わせないと、食い逃げされてしまう。虫餌の場合は、まずゴソゴソとくる。この時合わせても針には掛からない。少しだけ糸を弛ませてやると、針に掛かったチヌがグイーンと沖合いに走る。これがメバルの時は、ゴソゴソと来た時、糸を引っ張って餌があたかもサカナから逃げるように見せかけると、パクッと食いつく

サカナと対話し、駆け引きして釣り上げるだけに、手に入れたサカナは、可愛らしくていとおしくてならない。小さなサカナはすぐ放してやるが、それ以外はすべて食べつくす。自分で釣り上げたサカナはどういうわけか、すごく美味い。それだけでなく食べてやることがサカナの供養になると思うからだ。

料理はすべて自分でやる。妻が嫌がるからではない。料理は供養の儀式の始まりだからだ。煮たり、焼いたり、刺身にしたり。刺身をとった中骨や頭も捨ててはいけない。ちゃんとアラ炊きにする。骨までしゃぶり尽くさないと供養にはならない。食べ残した刺身は酒と醤油とすりゴマに漬け込んで、お茶漬けにする。家族は翌日ぐらいまでしか食べてくれないが、僕は4、5日かけても食べてあげる。もちろん朝からでも食べる。新鮮なうちに漬け込むから決して生臭くない。

余禄として僕は料理が上手くなった。サカナを美味しく食べるには、一緒に食べる他のおかずにも気を付けなければならない。料理のレパートリーが広がるのは当然のことだ。もともと料理が好きだっただけに、上達も早かったのかもしれない。そうそう、妻の優しい指導も忘れてはいけない料理が上手くなるコツはしごく簡単だ。食べさせる人たちへの愛情と、食材に対する愛情の二つがないといけない。料理は愛情表現なのだ。かくして休日には弟の家族や甥、姪まで僕の料理を食べにくるようになった。

さて、「KABの社員はどう料理するのか」って。これは難しい。なにせ大骨小骨の多いヤツもいれば、身がやたらと柔らかかったり、逆に硬すぎるのもいる。味付けだって、甘えん坊もいれば、もともと塩辛いだけのもいて、サカナ料理のように簡単にはいかない。

コケボウのように、煮ても焼いても食えないのもいる(今回、本当はこれだけ言いたかった。あとはオマケ)。だから社員を料理することは、とっくの昔に諦めている

それだけではない。よくよく考えてみたら、社員に料理されているのは僕の方ではないか。しかも下手な包丁さばきで、僕は身も心もズタズタに傷つけられている。なおかつ「ああしろ」「こうしろ」とアゴでこき使われて、悲惨すぎる。そう、僕は社員たちに、骨までしゃぶり尽くされているのだ。だれか供養してくれ

コケボウのひとこと

釣り上げられた社員も可愛らしいでしょう?
この際、いとおしく骨までしゃぶっていただこうではありませんか
しゃぶる方も、しゃぶられる方結構覚悟が必要だと思うけど(笑)
「煮ても焼いても食えない」とおっしゃいますが、では「ナマ」でいかがでしょう??
鮮度が命!ナマコケボウ是非ご賞味あれ~~♪うふっ。
えっ?社長の供養??
釣った(?)からには「骨の髄まで」が供養でしたね。
大丈夫!最上級の供養をして差し上げますので、まな板の上でお待ちください
少々まずくても「供養」ですものちゃーんといただきますからご安心を