えっ、あと一週間たつと2月か。2月は28日までだから、もっと早く過ぎるだろう。あれこれしていると、間もなく春が来る・・・。なんてことを考えるのは、僕が高齢化した証だろう(社員たちは、僕のことを本当はそんなに年はとっていない、といっているのだが)。

少年の頃は、日月がゆっくり流れていた。一日間でも遊びまわる時間はたっぷりあった。学生時代も青年時代も、ゆったりと時間はあった。それが年を重ねるごとに、時の流れが早くなってきた。いまや「光陰矢の如し」という言葉が実感として分かるようになった。一日はおろか一週間、一ヶ月もあっという間に過ぎる。現在の一週間は子供の頃の一日分の長さもない感じだ。別にスケジュールがびっしり詰まっているからではない。多忙に追われて日時が早く過ぎるというだけではない。

あれこれ考えているうちに、ひとつの「定理」に行き着いた。すなわち「残存生命に比例して時間認識は短縮する」ということだ。つまりこれまで生きてきた年月よりも、先行きの年月が短くなればなるほど、日時の過ぎ方が段々、早く感じられるようになる。青年時代までは、自分の持ち時間は永遠のように思えた。だから時間もゆっくり流れるように感じるのだろう。まあ、典型的な高齢化現象のひとつかもしれない。

「光陰矢の如し」と重ねて思い出すのが、漢詩の一節「少年老い易く、学成り難し」だ。たしか「一寸の光陰、軽んずべからず 未だ覚めず、池塘春草の夢 階前の梧葉、すでに秋声」と続いたと記憶している(間違えていたらごめんなさい)。僕の場合、春草の夢は覚めないものの、学の片鱗も成らずいたずらに老いさらばえてきた。「50の手習い」という言葉もあるが、意欲はあっても行動力はない。本を読んでも目の疲れが先にくる。実に悲しいことだ。

僕は別に悲惨なことを書いているのではない。男性の場合はまだ、ましだ。これが女性となると「女性老い易く、シワ取り難し」とか「女性老進みて、体型戻り難し」とかの語呂合わせになる。断っておくが、コケボウとか特定の女性連想したわけではない。なに「女性蔑視だ。セクハラだ」とか、おっしゃるか。やっぱり「学成らざれば」、そこまでの配慮もないのだ。単なる言葉遊びだから、何とか勘弁してよ

といいつつ、ついついアセリメちゃんのことを思い出した。いまだ彼氏不在で、焦りまくっている。実に美人で、可愛い女性なのにもったいない。と持ち上げておいて、「彼女老い易く、彼見つけ難し」なんちゃって。これも他意があってのことではない。単なる言葉遊びだから。アセリメちゃんは人間ができているから、怒らないよね。今年は絶対、素敵な彼氏が見つかるよ

ではコケボウはどうか。念願の付き合ってくれるイケメン見つかることはない素敵なコケボンパパがいるのだから。大体、コケボウと夫婦になるという男性がいただけで、奇跡だ。イケメン狂いからそろそろ目覚めたほうがいい。最後に「コケボウ怒り易く、揶揄(ヤユ)し難し」ということで、今回は終わり。

コケボウのひとこと

何が「コケボウ怒り易く、揶揄(ヤユ)し難し」ですか。
「老いやすい」だ「体型戻り難し」だと言ってのけた舌の根も渇かないうちに(怒)
しかし「残存生命に比例して時間認識は短縮する」というのは、そうかしら??
子どもの頃の夏休み、あっという間に8月31日がやってきて、焦って宿題をした記憶はありませんか?
高校時代、ヒラヒラ(社長はヒラヒラしないか 笑)おしゃれして出かけたデート、あっという間に日が暮れたという経験はありませんか?
残存生命云々というより「楽しい時間は早く過ぎる」ってことではないかと思うのですが、いかがでしょう。
あんまり愉快ではない会議なんて、拷問うけているの?ってくらい時間が進まないし、イケメンとのデートなんて「えぇ~~もうおしまいぃぃ~」ってくらい、あっという間
要するに、社長はその老齢にもかかわらず、毎日楽しく過ごしている!ってことですよ。
ま、そりゃそうでしょうよ。
会社には、見渡す限り「花・花・華」ですもの。
しかも「社長」ですもの、花であろうと社長の言いつけに文句なんて言えるわけもないし。
しかし一寸の光陰を軽んじていると、ロクな事にならないのと同じで、「花軽んずる者社内住み難し」だということを、よーく頭の中に入れておいてくださいましね。
おほほほほほ~~っ。フンっ(怒)
いけない!いけない!「コケボウ怒り易く・・・」って言われてるんだった。
これじゃまんまと社長の挑発にのっかってるようなものだわ。
うふふっ「花は怒りませんことよ~ぉ」それなりに愛でられたら。

アセリメのひとこと

社長は、そんな風に思っていてくださったのですねっ♪
こんなお優しい社長のためにも(!?)、今年は、ドドーンと一発「大逆転ホームラン」を打たせていただきます!
2月、“カレ”に会いに行ってきますので
いや~んっっ もぉ帰って来れないかもぉ~