例のごとく、コケボウが社長室にドタドタと飛び込んできた。「次回のコラムはバレンタインの話でお願いします。それじゃよろしく」。ちょっと待ってくれ。その話は昨年も書いた。同じ話を書けるか。「あらあ、若いころの思い出が沢山、あるでしょう。私なんて、ありすぎて困るぐらい。社長だって、一つか二つはあるでしょう。お待ちしていまーす」。それだけ言うと、返事も待たずに、ドタドタドタと去っていった。

なんてこった。時代背景が全く分かっていない。第一、僕らの少年、青年時代には、バレンタインデーなる俗悪な習慣は、いまだ熊本に上陸していなかった。いつごろから蔓延し始めたのか、よく知らないが、昭和50年前後ぐらいからではないか。僕の子供たちが幼稚園か小学校に行きだす頃、我が家でも時折、話題になったことを覚えている。

第二に、仮にそういう習慣があったとしても、僕らの子供時代は「男女7歳にして席を同じゅうせず」という生活環境というか教育の元に育てられた。女の子と口を利くことすら許されなかった。親戚の女の子であっても、立ち話であっても、同級生に見つかろうものなら、直ちに「軟派」というレッテルを貼られイジメの対象にされた。そういう時代に、女性が愛の告白なんて、ありようがない。

第三に、みんな貧しかった。チョコレートなんて、高価すぎて、食べられるのは奇跡のようなことだった。我が家だって、親父がパチンコの景品で持ってくるのが唯一の機会だった。それをチビリチビリと舐め、天国の味を確かめた。食べた後は銀紙の包み紙を大事に保存して、残り香を楽しんだものだ。大金持ちの家庭ならいざ知らず、そんな貴重な食料を、いかなる理由があれ、他人に渡すなんて、金輪際、ありえない

従って、僕の若い頃にバレンタインの思い出なんて、ありようがない。別に僕がモテなかったわけではない。モテる、モテない以前の問題だ。昨日、コケボウの事務室を覗いたら、みんなでゲラゲラ笑っている。コケボウが、僕にはバレンタインの思い出がないらしい、てなことを吹聴し、周りが「そんなバカな」とか「かわいそうな人生ね」とか、ピーチク、パーチクやっては、笑っているのだ。少しムカッときたが、思い出がないのは、僕の責任ではない。

さて、バレンタインが流行後はどうなったかって。それ以後も、僕には無関係だ。すでに妻子のある身にとって、そんな浮いた話があるわけがない。せいぜいが飲み屋の女性か、職場の女性の安物の義理チョコを、おこぼれ程度に授かるぐらいだ。昨年は、いかにもモテている類の話を書いたが、あれは単に見栄で書いたに過ぎない。もはや残存生命の短い身にとって、だのだの、騒ぐ暇があるくらいなら、健康管理に気を付けたほうが、ましだ。

なんでもバレンタインのチョコは年々、豪勢になってきているらしい。所詮は、飽食の時代のバブル的現象に過ぎない。実にくだらん。いや、待てよ。これから老いらくの恋だって芽生えるかもしれない。ムッフッフ。そうだ、今年は職権を駆使してチョコをかき集めよう。そして若返るのだ。ムッフッフ。

コケボウのひとこと

ホントにいい思い出がないんですね。
まぁ幼少時にいい思いをされてないのは、時代背景的に仕方ないとして、その後は?
同世代のおじさま達、みんな条件は同じハズなんだけど(笑)
今日のコラムには、モテない男性の若干のヒガミのようなものと、開き直りを感じませんか?
残存生命が短い(社長の言葉によると)といろいろ迷いが生じるのか「愛だの恋だの、騒ぐ暇があるくらいなら、健康管理に気を付けたほうが、ましだ。」と言いつつ「これから老いらくの恋だって芽生えるかもしれない。」という矛盾に社長は気づいているのかしら(笑)
ナゾセンさん!エレベーター前あたりで社長を待ち伏せでもしてチョコ渡してちょうだい。
社長のバレンタインの思い出作りをしなきゃよ。
もはや自力で思い出ができそうにもないし、このままだと来年のネタに困ってしまうわ。
それにしてもバレンタインというのは、女性がドキドキして好きな男性にチョコレートを渡す日、というより「いくつチョコレートをもらえるか」男性がドキドキする日なのかもしれませんね。
みなさま、よいバレンタインデーをお過ごしください。