「歌」はいいものだ。姿勢をただし、腹の中から声を出すと、すっきりする。内気で、口数も少ない僕は、日ごろ、大声を出すこともできない。兼好法師は「おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざ」と言った。も日ごろから、腹がふくれている。それが歌うことによって解消する。まさに健康法でもあるのだ。

先日、テアトロ・リリカ熊本の10周年記念オペラ「カルメン」の制作発表会に出席した。といっても堅苦しい儀式は短時間で終わり。あとはワインなどを呑み、美味しいものを食べ、プロ級の歌手の歌を聞くという、すこぶる楽しい会合だった。フランス語の朗々とした歌はいずれも素晴らしかった。お陰でワインもドンドン、喉を通り過ぎていく。最後に、オペレッタの「メリー・ウィドウ・ワルツ」をみんなで歌うことになった。ノド自慢の人は前に出てきて歌えという。

残念ながら、子どもの頃から音痴だった。小中学生のころ、合唱というと僕は指揮をやらされた。別に音楽の素養があったからではない。僕が歌うと合唱にならないからだ。高校でも音楽を選択した。名曲を聴くのが好きだった。時折、歌もやらされたが、僕はほとんど口をパクパクさせるだけ誤魔化した。大学ではよく歌声喫茶に通った。みんな大声で歌っているから、かなり音程がずれていようと、分からないのが嬉しかった。そのうち何とか声も出せるようになった。

社会人になってからは大好きな歌とも遠ざかっていたが、ある飲み屋さんで、常連さんからカラオケの特訓を受けた。一時は演歌や歌謡曲の世界に、どっぷりはまり込んだ。といって上手くなったわけではない。ただ、がなり立てるのが精一杯だった。それでも他のお客さんがお世辞義理立てで拍手してくれ、それがまた嬉しかった。

そんな僕が人前に出て、歌えるわけがない。第一、曲名も知らない。ところが隣席の人が突然、「KABの社長」と大声を出した。みんなの視線が集まる。とんでもないことになった。名指しされた以上、引っ込むわけにもいくまい。そうだ口パクパクの秘技で行こう。どうせ前にはプロ級の歌手が立っているのだ。一人ぐらい声を出さなくったってバレることはあるまい。僕はワインの過剰摂取の影響もあって、のこのこ出て行った。

前奏が始まって、ハタと気がついた。これは歌声喫茶で怒鳴りまくっていた、あの歌ではないか。嬉しくなった僕は、ついヨダレを垂らしてしまった(これは本当の話だ)。40数年前の青春時代が彷彿と浮かび上がり、僕は禁断の「歌声もどき」を発してしまった。それも小声ではなく、腹の底からだった。ところどころ音程が狂っているようだが、かまったことではない。歌が終わり、拍手が沸き起こった。まるで僕一人に贈られたような錯覚に陥った。バカだねえ。

その後、数日間は実に満ち足りた気分がつづいた。歌とは不思議なものだ。僕はついでに勇気も貰ったような気がしている。これなら会社で、辛く、切なく、苦しく、悲しく、怒鳴られ、蹴飛ばされ、ムチで打たれまくっても、当分は耐えられそうだ。テアトロ・リリカ熊本の古崎正敏代表、ありがとう。「カルメン」の成功は間違いありませんよ。

コケボウのひとこと

以前その「歌もどき」というもの、聴いたことあります。
「もどき」というほど酷くはなかったような。
歌はメリー・ウィドウ・ワルツよりちょっと一般的な歌だったと思いますけど。(銀座の恋の物語だったハズ)
最近の若い人(もちろんワタシも含む)はカラオケ世代ってことで歌も上手なのかなぁと思っておりましたが「ウタゴエキッサ」なるもので団塊の世代のおじ様方も、喉は十分に鍛えられていたのですね♪
社長がそんなに歌好きだとは知らなかった!
歌好き以外の何者でもないですよねぇ。
思いっきり歌った後には「辛く、切なく、苦しく、悲しく、怒鳴られ、蹴飛ばされ、ムチで打たれる」会社での生活も耐えられるんですものねぇ。
いつでも現代版歌声喫茶「カラオケボックス」なるところにお連れしますよっ。
お安い御用ですよ、それで気分よく原稿書いてくださるんでしたら。