黄金の雨が降っている。といってもゼニカネのことではない。いわずと知れたイチョウの黄葉の落葉だ。降り注ぎ、周囲も黄金に変える黄葉に誘われて、先日、ある団体主催の小探検隊に参加した。2011年の新幹線開通に合わせて、熊本駅周辺で新しい観光資源を探す「ディスカバリー熊本」という企画だ。

今回は北岡神社を皮切りに、花岡山周辺を回った。僕は熊本生まれの熊本育ちで、かなり詳しいつもりだったが、新しい発見の連続に驚かされた。例を挙げるとキリがないが、その一つに清原神社というのがあった。北岡神社を出て、JRの踏み切りに通じる道路を横切り、狭い階段を下りて右折したところに、こじんまりとした社が佇んでいた。

境内の説明板によると、祭られているのは、枕草子の清少納言の父、清原元輔という。それだけでも驚きだ。元輔は平安時代中期、肥後の国司として赴任。有名な歌人で三十六歌仙に数えられている。百人一首にも「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは」という和歌が入っている。恐らくこの和歌を知っている人も多いだろう。僕もこの和歌は覚えていたが、まさか熊本と縁のある歌人だったとは。

「今昔物語」には「世慣れた人で、おかしなことを言って人を笑わせるおじいさんだった」と書かれている。国司といえば、昔の県知事みたいな立場だろうが、それだけでなく相当、愉快なひとだったのだろう。

79歳のときに赴任し、83歳のとき熊本で亡くなった。熊本では当時の肥後の歌人桧垣とも交流があった。一説によると、老いらくの恋だったとか。その真偽は定かではないが、僕はウームとうなった。なにせ80歳前後での、老いらくの恋。それに較べると、なんか、まだまだ駆け出しの「青年」にしか過ぎない。ジジィ臭くなるのは辞めて、これから頑張らなければ。お風呂にも頻繁に入るようにしよう。あっ、また脱線した。

ところでKABでは、この10月から「熊本まち×ひとチャンネル」というホームページを作り、インターネットで流している。熊本城400年、新幹線もやがてやって来る。ということもあって、最近では熊本の街が面白くなり、面白い人達も、あちこちで活躍する様になってきた。そこで、こうした「まち」「ひと」、さらにはいろんなイベントなどを紹介し、応援しようという内容だ。いろいろ工夫して動画も見ることができる。いってみればインターネットテレビでもある。全く新しい試みであり、KABのホームページからもアクセスできる。ぜひご覧になっていただきたい。

この「まち×ひと」も、ある意味、「ディスカバリー熊本」のひとつでもある。3月末までに50人の{まちのひと}のインタビューも予定されている。必ず、清原元輔に負けず劣らず面白いネタを発見されるはずだ。若い人たちには歓迎されるだろう。いやいや中高年齢の人たちにとっては、ひょっとしたら「老いらくの恋」のきっかけになるかもしれない。まあ、老いも若きも、ぜひ末永くお付き合いをお願いしたい。

コケボウのひとこと

地元の事というのは、知っているようで案外知らないことも多いものです。
少し前に、熊本城の門の名前を正確に言えない、という話をしましたが、実は熊本のことは何にも知らない、と最近気がつきました。
正直、北岡神社という名前は知っていても、自分で運転していけるかというと行けません。
熊本市内の東の方で育ったから、西側のことは知らない、と今まで言い訳してきましたが健軍神社(熊本市東部の神社)について物凄く詳しいかと聞かれたら、これまた答えはNOです。
新幹線が全線開通すると、ワタクシのこと、どこかへ出かけまくりたくなるでしょうが「まちひとチャンネル」で地元の面白いことをたくさん発見して、まずは地元民としては観光のお客様への歓迎に徹しなきゃかな。
あと4年ほどありますから、そんな自覚を持って過ごせばワタシも熊本のエキスパートになれるかも。
おいでませ熊本。
「老いらくの恋」・・・ふぅ~~ん。