少しずつだが、春めいてきた。もっと沢山の春を見つけようと、植木市に出かけた。途中の道筋の紅梅白梅水仙満開だ。チンチョウゲ(沈丁花)の濃紅色の蕾も間もなく開きそうだ。昨年は車の行列ができていたのに、今年はまばら。会場の農業公園に着くと、駐車場もがら空き。おかしいなと思っていたら、植木市は一週間前に終わっていた。どうやら早々と春が来ていたのは、僕の頭らしい。

腹が立ったので、坪井川の遊水地に足を伸ばした。ところどころ野草の芽生えはみられるが、大半は枯れ草。こんなところで春がみつかるだろうか。ところが、ちゃんとあるんだなあ。まず気が付いたのがホトケノザ。4,5月ごろになると、遠眼にはレンゲ畑と見間違うぐらいにピンクの花を咲かせるが、いまはまだチョボチョボという感じだ。

その横にオオイヌノフグリが可憐な花を咲かせている。数ミリの小さな花だけに、つい見逃すところだった。色は瑠璃色というか、南国の澄み切った青空を思わせる。それなのに、なんという無粋な名前だろう。漢字では「大犬の陰嚢」と書く。果実が二個の玉を合わせたような形で、しかも毛が多いところから名づけられたらしいが、口に出すのもはばかられる。別名では「瑠璃唐草」とか「星の瞳」とか言われるそうだ。こちらの方が似つかわしい。それにしても、この名前の落差はなんだろう。

可憐といえば、土手の斜面にカラスノエンドウも見つけた。まだ2,3輪しか開いていない。エンドウのミニチュア版と思ってもらえばいい。やがて実を付けるが、花も実も可愛らしい。ただ小さすぎるだけに、つい、見落としがちだ。いずれ1メートルから1.5メートルに育つ蔓草だが、今はまだ楚々としている。

黄色の花の群生があった。菜の花かと思って近づくと、花が小さい。葉っぱを見て分かったが、カラシナだった。恐らく野生化したのだろう。葉っぱを塩もみすると、立派な漬物になる。この実を集めて、すり鉢で擦りに擦ると、辛さたっぷりの練り辛子になる。しかし、こんなことを知っている人もめっきり少なくなったのではないか。

「春の使者」ともいわれるツクシ。あちこち探したが、なかなか見つからない。やはり、まだ早かったのか。30分ほどさまよって、やっと一本だけ頭を土中から覗かせているのを見つけた。ツクシは一日に1センチ前後、成長するといわれるから、あと1,2週間もすればツクシの林に育つだろう。

さて、僕はコラムで別に知識を誇示しているのではない。誰も絶対に言わないが、僕は繊細すぎるほどの感覚の持ち主なのだ。だからこそみんなが見過ごすような草花も目に留まる。文章の巧拙は別にして、繊細さがあふれているではないか。えっ、冗談だろう、って。だれも信じないが、本当だーよ。

社長としての言動は、単に世過ぎのための仮の姿なのだ。なにしろ社内には鉄面皮のような図太い感覚、神経の持ち主がゴロゴロしている。その代表は・・・・。おっと危ない。要するに、そうした社員と一緒に仕事をしていくには、仮の姿で生きていくしかない。そのストレスを、このコラムで解消しているのだ。僕の本当の春はいつ来るのだろう。

コケボウのひとこと

植木市、ワタシ行きましたよ。
ちゃーんと会期中に(笑)
県内各地のJAの方が、いろんな食の名産も出店されていて、おなかいっぱいになりました。
あげたての丸天、やきいも、馬串、郷土の味だご汁♪
花より団子を絵にかいたようですが、どれも美味であのどこからともなく流れてくるいいにおいの誘惑にうち勝って歩むことは、ワタシには全くもってムリな話でした。
もっともそんな誘惑にいつも勝っていたら、もっとスレンダーなハズですけどね(笑)
もちろん花や木も会場内を何周もして観賞し、とっておきの鉢を購入しました。
観葉植物(?)なんでしょうか。
葉っぱがハートになっている可愛らしい植物。
何度か聞きましたが、今となっては名前も忘れてしまいました。
リビングのピアノの上に置いてみたら、殺風景な我が家のリビングがパ~ッと明るくなりました。
たった一つの植物でも、疲れた私を癒してくれるものですね。
社長も草花に癒しを求めているのでしょうか?
ストレスがありそうには到底みえない社長が、繊細を演じてはみてもなんだか嘘くさく、日ごろの姿が仮の姿だなんて、ビックリするような発言で降りかかる仕事を牽制しているようですが、社長が繊細だなんて誰一人信じやしませんよ。
どんな春が来るのを待っているのか知らないけど、春は何かと忙しいんです。
繊細な話はもうわかりましたから、春用の撮影の打ち合わせ始めますよっ。