かっての「戦友」二人と、37,8年ぶりに再会した。まだ新聞記者の駆け出し時代、北九州市で裁判所、検察庁、弁護士などを受け持つ司法担当だった。そのころ一緒に回ったライバル社の記者だ。白髪にまみれ、昔日の面影はどこにもなかったが、昔話に興じるうちに、いろんなことを思い出してきた。

きっかけは、来週、藤崎台球場で開かれるソフトバンク対西武戦だ。事前の打ち合わせで、ソフトバンクの若い社員と話しているうちに、社員の父親が、かってY社のA氏だったことがわかった。Y社の役員をしていたが、現在は、全国規模のタクシー会社の役員をしているとか。その彼が、熊本まで会いに来てくれた

もう一人のS氏は、ボクの高校の先輩だったこともあり、こちらに帰郷した際、一度は会っている。M社を一旦は退職したが、また現役としてM社に復帰。相変わらず、新聞記者をやっている。A氏と食事をしているうちに、どちらもS氏のことを思い出し、3人で会うことにした。

最近は、モノ忘れがひどく、思い出せないことが増えてきた。まして随分以前のことなど、記憶の底にもないと思っていた。最初のうちは確かにそうだった。ところが、話しているうちに、薄いベールを一枚ずつ剥いでいくように、記憶が戻ってき始めた。当時は抜いた、抜かれたの競争が激烈だった。にもかかわらず、ライバル同士の付き合いは親密だった。上司からいつもハッパをかけられ、走り回る仕事の環境が共通していたからかもしれない。

カネミ油症事件の裁判中だった。五島列島で出張尋問が開かれた。司法クラブの記者たちも、出張した。泊まるところは小さな民宿しかない。みんな、そこにごろ寝した。尋問がないと、仕事をサボって海釣りにも出かけた。久しぶりに学生時代に戻ったような気がした。そういう経験が積み重なって、付き合いが親密化したのかもしれない。コケボウに言わせると、昔の記憶が戻るのは老化現象だそうだ。いらぬお世話だ。

そのコケボウの受け持つ仕事が替わった。これまで広報担当だったが、編成担当になった。これでボクはコケボウの暴力やイジメや恫喝やムチから解放される。その知らせを聞いた夜、乾杯のワインを何杯も飲んだ。断わっておくが、ボクが圧力をかけた訳ではない。ボクにそんな権力はない。多分、次第にやせ細っていくボクを見て、コケボウの上司が気を利かせたのだと思う。広報が長いので、別の仕事をやらせて、コケボウを幅広い社員に育てたいという「親心」もあるようだ。まあ理由はなんでもいい。バンザーイ。

しかし、その喜びは、わずか一日で終わった。単なるヌカ喜びだった。なんと、このコラムの編集後記にあたる「コケボウのひとこと」とメルマガの方の編集後記は、引き続き担当する。ということは、ボクは依然としてコケボウの指揮・命令の下で働くということではないか。その夜、今度はヤケ酒のワインを痛飲した。そのあとの記憶は定かではないが、きちんと帰宅していた。やはりこれも高齢化現象だろうか。

記憶にもいろんな種類があるんだなあ。

コケボウのひとこと

ん〜〜っ。もう少し進むと「昔のことしか覚えていない」という域に到達するのでしょうか。
最近このテのネタ多いですね(笑)
いいお酒も悪いお酒も、飲みすぎると脳細胞やられちゃってボケ?具合も加速度アップ!?
ほどほどになさいませね。
それにしても会社の外に出てまで、社長は私のことが頭から離れないなんてぇ〜そんなに好かれて光栄ですわ。(違う?)
先日「コケボウのつぶやき」(※連載は終了しました)でもお知らせしましたが、少々担当が変わりました。
上司の親心?かどうかは知りませんが、社長に同情して私よりほんの少しだけ優しく見えるS姉さんに担当を変えた、というのが案外事の真相かもしれません。
私としてはどこの担当になろうとも「らしく」仕事をするのみです。
今は編成の前任者から引継ぎを受けている最中ですが、この人が私の100万倍は恐ろしい人で、情け容赦なくいろんなところからムチが飛んできます。
早くそのムチをかわし、飛ばし返せるくらいにならなきゃな、とS姉さんへの引継ぎにムチをふるったのは決して八つ当たりではありません。
私のムチはいつだって愛のムチよ、S姉さん。
嘘だと思ったら社長にでも聞いてみてちょうだい。
これからは肉体派改め頭脳派に♪
みなさん応援してくださいね。