ちょっと古い話で申し訳ない。先月末、最高裁で体罰についての判決があった。1,2審では、「体罰があった」として損害賠償を支払えという判決だったが、最高裁では「体罰にあたらない」との判断だった。学校教育法では体罰を禁じているが、ボクは個人的には適度の体罰は許されていいと思っている。それだけに最高裁の今回の判決で、体罰の枠が緩和されることを期待している。

こ の裁判は熊本県天草市の男子生徒が同市に損害賠償を求めた訴訟に対するもの。判決によると、生徒は小学2年生だった時、休み時間に廊下で、友達と通りか かった女生徒をけり、さらに注意した先生の尻をけった。先生は生徒の服をつかんで、壁に押し付け「もうするなよ」と怒った。生徒はその後、食欲が下がるな どで通学できず、病院で心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。

生徒の母親は学校の説明に納得せず、学校や市教委に激しく抗議。生徒は同市に約350万円の賠償請求を求めた。一審の熊本地裁では同市に65万円、二審の福岡高裁は約21万円の支払いを命じた。しかし、最高裁は先生の行為を「許される教育的指導の範囲を逸脱せず、体罰にはあたらない」として、一,二審を破棄して生徒の請求を棄却した。

この判決を聞いて、ボクが思ったのは、生徒の母親は一体、どんな感覚を持っているのだろうということだ。悪いことをしたわが子のことは棚に上げ、先生の行為を責める。まず自らの子どものシツケの至らなさを反省すべきだ。教育というのはある程度、強制力がないとできない。母親の行為は教育を否定することにつながる。そんな親に育てられた子どもはどんな人間に育つだろうか。あまりにも世間の常識とかけ離れている。一,二審の判決もおかしいと、ボクは思っている。

最近では、こうした親たちが増えているそうだ。いわゆるモンスターペアレントという親たちだ。自己中心的で、理不尽な要求を繰り返す。先生を先生とも思わず、何かあると校長や教育委員会に直訴する。先生たちの話を聞くと、唖然とすることばかりだ。こうした親たちに振り回されて、ストレスが溜まり、辞めていく先生たちも急増しているそうだ。教育現場が崩壊する危険性もある。こうした人たちは、学校だけでなく病院などでも増えているとか。

ボクらの子どもの頃は、学校も先生も絶対的存在だっ た。体罰も決して珍しくはなかった。家庭で「先生に殴られた」なんて言おうものなら、「お前が悪いからだ」と、先生以上に叱られたものだ。もともと体罰を 加える先生は、教育熱心であり、いまでも懐かしく思い出す。それが、体罰禁止になり、教育現場の流れはおかしくなってきた。それだけに今回の最高裁の判決 で、少しでも変わってくれればという期待もある。

ところで、わが社体罰はあるのか。体罰そのものはないが、それに近い口撃口害頻繁にあり、ボクはいつも泣き寝入りしている。その犯人はだれかということは、口が裂けても言えない。もちろん報復が怖いからだ。えっ、コケボウS姉さんではないかって。決してそんなことはない、とだけ言っておこう。

コケボウのひとこと

体罰も度を越えたものになると論外ですが、教育の範囲内のものだったら、そうそう目くじらをたてなくても、といつも思います。
根底に愛情があると信じたい。
先生の体罰に対して損害賠償を、と言いきれる親御さんは、ある意味すごいなぁともおもいます。
私にも反抗期真っ只中の子どもがおりますが「先生から叩かれた」と帰ってきましたら、まず何をしでかしたかを聞くでしょう。
子どもを信じてはいますが、先生が殴りたくもなるようなこととは余ほどの事。
親の知らない姿、に我が子が「絶対」という自信がないと損害賠償なんて容易に口に出せないものです。
だから・・・ねぇ。
子育てに自信をもってらっしゃるんだなぁと、ある意味尊敬です。
先日別件で、体罰をした先生の処分を減免して、という保護者や児童本人からの署名が提出されたというニュースもありました。
熱心さのあまり、愛情があるあまり、の体罰は体罰とはいわないのではないでしょうか。
いずれ社会に出て「社長」になっても、いろんな攻撃にあうんです。
少々「打たれ強くある」ことも大事なことかもしれません。
裁判の事例は、内容がよくわからないので無責任なことはいえませんが、先生になろうと思う方は子どもが大好きな熱血漢の方だと、息子を通してご縁のあった先生方をみていて私は思います。