このコラムは断固として、前回でやめる決意だった。ところが各方面から手を替え品を替え、圧力がかかってきた。中には「やめるなら熊本に居れなくしてやる」という脅しも。新社長は「書かないなら給与は払わない」とまで言った。ボクは社内外からイジメを受ける立場にいることに気がついた。かくして涙ながらのコラム継続となった。ボクはせめて題名だけでも「ボケ会長のうわごと」に変えたかったが、これも却下された。

このところ梅雨らしい雨空が続いている。時には豪雨になることも。その時、思いだすのが昭和28年6月26日の熊本大水害だ。ボクは10歳で、内坪井というところに住んでいた。朝から豪雨で、夕方に玄関からチョロチョロと水が入りだした。水嵩はあっというまに増え、その夜は1階の軒先まで浸かってしまった。家財道具の一部しか2階に避難させることができなかった。

ボクは勉強道具と一緒に段ボール箱を運んだ。その夜、箱がガサゴソいいだし、開けてみると蛾(ガ)が数十匹もいて、大騒ぎになった。実は、ボクは両親に内緒でカイコを 飼っていたのだ。近所に製糸工場があり、そこから卵を貰って、育てていた。毎日、クワの葉を刻んで与える。見る見るうちにカイコは大きくなり、脱皮を繰り 返した。カイコといえば毛虫の一種だと思うが、毛はなくツルツルしていた。可愛らしくて美しかった。大雨の数日前には体が透明になり、マユを作り出した。大水害の夜にそのマユから羽化して蛾になったというわけだ。

ボクはカイコに限らず昆虫などを飼うのが好きだった。アリを広口瓶にいれ、厚紙で周囲を囲ってやると、見事な巣を作り上げた。バッタや鈴虫なども飼った。面白かったのはカマキリだ。共食いをするので、一か所に一匹ずつしか飼えない。餌は昆虫類。大きくなったらオスとメスを一緒に入れる。メスはオスを食べて卵を産んだ。メスはどんな世界でも強く、オスは儚い存在ということを学んだ。いまの社内の状況もそうだ。ボクは早熟だったのだ。次の年の春先、卵がかえった。100匹以上がゾロゾロと出てくる。「クモの子を散らす」という言葉があるが、まさにそのとおりだった。

昆虫たちは愛情と餌さえ与えれば、ちゃんと成長し、さまざまな生態を見せてくれる。お礼の仕方も心得ているようだった。ボクは社員を育てるのも同じと思っていた。温かい、愛情のある眼差しで社員に接していると、社員たちもそれを感じて、ボクになついてくれる・・・はずだった。ところがどっこい、社員たちはしぶとかった。

ボクは会長になってができたので、これからは会長派を率いて、派閥抗争にまい進し、社長派圧倒殲滅するつもりだった。ところが愛情をかけて育てた社員たちは、見事にボクを裏切り、みんな社長派に寝返ってしまった。ボクは社内で天涯孤独になってしまったのだ。昆虫より社員たちの質は悪い。いまごろ気がついても、もはや手遅れだ。

いまボクの部屋には訪れる社員もほとんどいなくなり、閑古鳥が鳴いている。閑古鳥の鳴き声を聞いた人は少ないだろう。よく聞いてみると「カイチョー カイチョー」と鳴いていた。

コケボウのひとこと

うわぁぁぁぁぁ。
ちょっと苦手かも、この話・・・と思いながらも読まないわけにもいかず読み進めましたら、なーんだ「寂しい」って話?
わざわざ「蛾」まで登場させなくても「ボクのお部屋に誰もこないから遊びに来て♪」とか「夜遊びの相手がいないから遊ぼう♪」とかおっしゃればいいのに。
昆虫より楽しい生態を見せて差し上げることもできますし。
天涯孤独なんて、全く大げさなんだから〜。
今朝、社長と会長から訓示がありました。
植田新社長からは「なんでもやります!」というお話、会長からは「暇になった」というお話がありました。(ものすごく省略したうえ、ものすごく都合よく解釈してますが)
どちらも私たち社員に対する、ありがたいメッセージと受け止め、今後の展開を考えて行きたいと思います。
だから「蛾」や「カマキリ」のほうが可愛いなんておっしゃらないで、ちょっと待っててくださいね。
それに・・・今からの餌付けも大歓迎ですよ。うふっ♪