我が家の苗字は実に変わっている。熊本県内にいるのは親戚だけと思っていたら、ほかにも3,4軒ある。ひょっとしたら遠い親戚かもしれないが、よくわからない。ボクは門番か生垣職人の子孫と思い込んでいた。祖母は「士族の家柄」というのを、事あるごとに自慢していたが、当てになるものではない。

ところがある日、祖先のことを調べていたら、本家筋が大分県にあり、京都の近郊に「門垣」という地名もあった。関西には同じ苗字の家がたくさんあることも分かった。もっとも「カドガキ」と読まずに「モンガキ」という家が多いようだ。いろいろ推測すると、関西地方で祖先が食いつめたか、不祥事を起こしたか、いくさに負けたか、何らかの理由で、流れ流れて九州にたどり着いたのではないか。

それはそれとして、ある日、ある飲み会で出会った熊本市の染織工芸サロン「和の国」代表の茨木国夫さんという方から、長文のお便りをいただいた。内容はボクの名前を一字一字、語源に遡って調べ、持っている意味を解説したものだった。そのうえで、結論として、ボクの名前は

出の喜びに満ちあふれ・・・、凛々しく世界へと飛び立ち
根を超えて人々を受け入れる 親しみの笑顔温かきお姿は、
材として尊ばれ時代を創り 望み高く世の為に人知を尽くし
君としての胆識と徳を積む 栄華の路を後進に示す指導者。

という意味を持つとある。

いやまあ、余りの褒め言葉に、陶然となった。体中がもぞ痒くなってきた。ついでに何度も読み返してしまった。そのうち、ハタと気がついた。書かれている内容は、いずれもボクに欠けているものばかりだ。全くお門違いで、垣(書き)違いではないのか。いや、そうではなく、ボクに欠けているものを教え、早くそうなるように、努力し、励めということなのだ。

ボクは遅ればせながら、お礼状を出し、このコラムに使わせてほしいとお願いした。その返書がまたまた凝ったものだった。

流栄える先に虹をか
間む九州男の熱き想
群の才英覇の器を備
子に倣い徳を積みか
頭慈顔の壮挙に人喜
久栄華の福禄寿を伴
殿御振りな門垣逸夫会長

だって。各文の左端は「門垣逸夫会長」で、右端は「けいえいびい(KAB)」となっている。褒められたから言うのではないが、茨木さんは、たいした人物だ。学識だけでなく文才も豊かで、それなりのユーモアも溢れている。ぜひお付き合い願いたいものだ。

コケボウのひとこと

あんまり褒めてあるので「自分で書いたんでしょ」と私たちがクレームをつけると思ったのでしょう。
原稿と一緒にステキな便箋に書かれたお手紙を持ってみえました。
よくよく読んでみると、なんとも由緒ただし気なお名前に見えてくるから不思議
しかし、目の前に立っている人の名前かと思うと、ギャップが大きくてこれまた不思議
名は体を表す・・・んだかどうだか。
確かに垣根は軽々と越え、我々のところにやってきては温厚な笑顔を見せてくれますが、笑顔だけで終わるわけもなく、鬼のような指令をくだして立ち去っていくこともしばしば。
本人も書いているように「欠けている」自覚もあるようですから、今後はこうなる予定ってことで・・・。

社長の名前は、どうなんだろうなぁ。
「植田義浩」と申します。
どなたか調べられたら教えてください。