先日、思いもかけなかった人から電話があった。「いま、熊本にきているので、会えませんか」というお誘いだった。電話の主はローマの教皇庁にいるはずのカソリック司祭の谷口幸紀さんだった。ボクの家は浄土真宗だが、ほとんど無宗教に近い。それが何故、司祭の知り合いがいるのか、話は12年ほど前に遡る。

当時、ボクは前の会社でスポーツや文化事業を担当する部署にいた。会社では、国際児童図書関係の国際大会に賞を出していた。この大会はIBBYといわれ、美智子皇后が名誉総裁を務められたこともある格式と伝統あるものだ。で、ボクに大会に出席して、賞を授与し、挨拶するようにという業務命令が出た。その年の大会はイタリアの古都、ボローニャで開かれることになっていた。

さあ、困った。言葉と言えば熊本弁日本語しか喋れない。ボクはあわてて通訳を探した。よくイタリアにいく友人に頼んだら、バチカンで司祭をしていた谷口さんを紹介してくれた。これまでは挨拶は日本語で、それを英語とイタリア語に通訳するという形だった。これでは芸がないと思ったボクはイタリア語で挨拶することにした。どうしたかというと、まず日本語で挨拶文を書き、それを谷口さんにイタリア語に翻訳してもらい、さらに読み方をカタカナに直して、特訓を受けたわけだ。

挨拶を始めると、会場にどよめきが起こった。それはそうだろう。得体の知れない日本人が流暢なイタリア語で喋ったのだから。挨拶が終わってしばらくは拍手と歓声が続いた。そこまではよかったが、パーティーではイタリア語の質問が山のように来た。しかたがないので、谷口さんに通訳してもらい、日本語で答えて、なんとか切り抜けた。まあ、ハッタリもいいところだが、その習性は、いまも続いている。

その谷口さんだが、日本の大学を卒業して、ドイツ、アメリカ、イギリスの銀行や証券会社を転々として、副社長まで上り詰めた。しかし、縁あってすべての職を辞め、ローマの神学校に入学した。50歳前後のころだ。本人に言わせると「お金の神様から心の神様に切り替えた」というわけだ。そのいきさつは亜紀書房から出版された、谷口さんの「バンカー、そして神父 ウォールストリートからバチカンへ」に詳しい。

谷口さんは、ボクのハッタリがよほど気に入ったのか、日本に帰国されてからも交際は続いた。東京では、しばしばを飲んだ。司祭とはいえ、谷口さんは大酒飲みで、愉快きわまる人だ。いろんな経緯があって、谷口さんは再び、ローマに戻った。それでも、時折は帰国し、これまでも2回、熊本に来てくれた。阿蘇に遊びにいったこともある。

今回、来られたのは、谷口さんが神学校に入学されるきっかけを作ってくれた恩人の司教が、熊本で入院されたので、見舞にきたという。もちろん、その夜は二人で杯を重ねた。70歳前後のはずだが、衰えを知らない飲みっぷりだった。翌日も再会を約したが、不幸にして司教が急逝されたため、会うことはできなかった。それにしても、外国でのふとしたきっかけが、得難い知人(友人というには恐れ多い)を得ることになるとは。人との付き合いは大事にすべきだと、しみじみ感じている。

S姉さんのひとこと

コケボウ姉さん不在につき、ピンチヒッターのS姉さんです。

はぁ~・・・、今回は司祭さまのお話ですか。
交友関係が広いとは思っていましたが、まさか司祭さままで登場されるとは。
司祭さまといえば、私の中では映画の世界の方。熊本で大酒を飲んでらっしゃる姿など想像もつきませんが、どのような人生を歩んでこられたのか、非常に興味があります。
会長、今度、ぜひ、その本の詳細を教えてくださいね。
本屋さんに走ります!

コケボウ姉さんの後を引き継ぎ、この春から新しい出会い満載の私も、お付き合いの大切さは日々感じているところ。あとは、素敵な男性さえ登場すればバッチリです!?