あっという間に12月になってしまった。今年も残りは30日を切ってしまった。そろそろ今年の正月に貰った年賀状を整理しないと。なにせ年賀状の束が、この11ヶ月間、机の上に乗っかったままになっている。そのうちそのうち、と思っているうちに、日時が過ぎてしまった。自宅の大掃除も待っているし、今年の暮も忙しそうだ。12月が2カ月あれば助かるのだが・・・なんてバカなことも考えてしまう。

ところで12月は別名、師走という。みなさん、当然、ご存じのことだ。でも何故、師走というか、知っている人は少ないはずだ。ボクは、日頃、落ち着いている学校の先生たちも、走り回るほど忙しい月だから、と思っていた。師が走るから師走というわけだ。でも、何か単純すぎる。本当にそうなのか。

会長に降格されて、暇を持て余しているボクは、早速、インターネットや辞書で調べてみた。確かにボクが思っていたようなことが書いてある。しかし、それだけではない。5つも6つも別の語源があることが分かった。一番、理解しやすいのは、年が果てる月ということで、「年果す(としはす)」が訛ったという説だ。これは素直でいい。似たことで冬春夏秋の四季が果てる月で「四極(しはつ)」から転じたというのもある。一年の終わりの物事を為し終えるということから「為果つ(しはつ)」から生じたというのもある。仕事仕舞いの月で「仕極つ(しはつ)」というのは、ほぼ同じ意味だ。

もちろん、「先生が走る」にそっくりなものもある。師匠の僧がお経をあげるために東西を馳せるということで「師馳す(しはす)」からきたというものだ。昔は盆暮れの二回、お坊さんが檀家を読経して回ったというから、あり得るような話だ。もっとも、どの説も定説というほどのことではない。奈良時代ごろには12月を「しはす」と読んでいたらしい。別に漢字があったわけではない。だから師走というのは当て字にすぎないという説もある。これが、一番、当たっているかもしれない。

ところで、12月といえば、テレビ局にとっては稼ぎ時でもある。なにせ歳末商戦を控え、大量の広告出稿が期待できる月だ。ところが、景気が低迷し、個人消費も冷え込み、政府のデフレ宣言が追い打ちをかける。不況になれば、各企業ともまず交際費と広告費の削減に手をつける。というわけで例年にない苦境に追い込まれている。このままでは前年より大幅に収入が落ち込む恐れもある。いくら会長のボクが優秀でも、どうにもならない。それが厳しい現実なのだ。

ではどうするか。広告代理店やクライアントを万遍なく回り、足で稼ぐしかない。もちろん広告主が飛びつくような広告を提案することも重要だ。社内にじっと引き籠っていたのでは商売にならない。ホトケのようなボクも、社員に発破をかけざるを得ない。「さあ、稼げ、稼げ。さあ走れ、走れ」というわけだ。かくしてわが社の12月は「稼走」となる。どうせ当て字だから、これを「しわす」と読ませても不思議ではない。むしろ現在の世相を的確に反映しているではないか。ひょっとしたら、来年あたり、この「稼走」が定説になるかもしれない。

S姉さんのひとこと

むむむ・・・。今回は真面目なお話ですね。

12月のことをなぜ「師走」というのか。たぶん、誰もが一度は考えることでしょう。
私も、小学生だったか、中学生だったか、記憶も定かでない遠い昔、疑問に思った覚えがあります。そして、“学校の先生が走り回るほど忙しい月”と聞いて、なんだか、わかったような、わからなかったような・・・。
本当は、そんなにいろいろな説があったんですね。

しかし、「師走」の語源を調べるとは、よほどお暇なようですね。
先生ではない私たちも走っているこの季節、あとは「稼ぐ」だけですか。
出来上がったばかりの来年の「ケービィーカレンダー」も、12月は「稼走」と書き換えることにいたしましょう。会長もちゃんと、走って、稼いでくださいよ!