皆様、あけましておめでとうございます。

新年のごあいさつを申しあげます。といっても昨日と今日で、特に何が変わったというわけでもない。子どもの頃は、正月が待ち遠しかった。年が改まるということに、新しい期待と喜びがあった。今年はどんな年になるのか、ワクワク感もあった。なにかいいことが起こりそうな予感もしたものだ。

しかし、年をとるとともに、段々、そうした感激も薄れてきた。去年の延長に今年があるというだけだ。正月とは、「ああ、またひとつ年齢が増えるのか」ぐらいの感覚しかない。もっと極端に言うと、残余の生命が、また一年短くなったということだ。小林一茶は「めでたさも 中くらいなり おらが春」と詠んだ。不遇な老年になっての句だけに、しみじみとした感興に囚われる。

断わっておくが、ボクは決して不遇な老齢期にあるわけではない。むしろこれから第2、第3の青春を謳歌する時期にあるのだ。そういう意味では、今年の正月は、新たな出発点に立ったということもできる。やりたいことは山ほどある。ゴルフに、囲碁に、山野歩きに、温泉巡りに、料理に、読書に、そうだ絵画も再開するか。いやはや子供時代にかえったように、ワクワクしてきた。「年齢がひとつ増えた」ではなく「心身ともにひとつ若返った」と考えればいい。

幸い、昨年後半からは会長という閑職にある。植田社長を蔭ながら支え(決して仕事の邪魔はしない)、目立たない立場からKABをそれとなく見守っていく。我ながらカッコいいなあ。というわけで、それなりの時間的余裕もある。就職して以来、ずっと仕事に自分の体も心も時間も捧げてきただけに、これからは自分なりの生活ができるようになるのだ。そうすると、ボクの一句「めでたさは これから最高 ボクの春」となるはずだ。

人間、単純であればあるほど、気持ちの持ちよう次第で、いくらでも明るく、楽しくなるものだ。ボクなんて単純至極だから、このコラムの書き出しと全く違う感覚・思考に、すぐ移籍できるのだ。ひょっとしたらボクは天才的才能をもっているのかもしれない。それともバカに近い楽天家というだけか。

さて今年のKABだが、厳しい経営環境の中、2011年の完全デジタル化まで、苦難の道のりが待っている。しかし、KABには敏腕社長の下、若さと活力とやる気に溢れた社員たちが揃っている。厳しい時期だけに好機も多い。みなさんに愛されるテレビ局として、さらなる発展を続けていくことだろう・・・。おっといけない。仕事は植田社長の専権事項だ。ボクは某党の某幹事長とは違う。いまさらKABのことを、どうこういう立場にはなかったのだ。まあ、新年の抱負ということで許してもらうか。

というわけで、今年は公私ともども、明るく、楽しい正月を迎えることになった。みなさんも、たとえ、多少不遇でも、気落ちすることなく、気分を一新して、「わが世の春」を謳歌しようではありませんか。要は気持ちの持ち方次第だ。

改めて、ごあいさつしよう。「新年、おめでとうございます」。