KABの初代社長だった林田正恒さんが、先週、急逝された。90歳だった。夕方、入浴していて、眠るように亡くなられたとか。ご遺族には耐えられない悲しみだが、天寿を全うされたとも言えるだろう。それにしても元気な方だった。4年前までゴルフはカートに乗らず、歩いてプレーされた。ゴルフは2年前まで現役だった。昨年10月、KABの社友会にも出席され、「酒は禁じられているのだが」と言いつつ、杯を重ねられていた。

林田さんは、熊本県の教育長などを歴任され、平成元年にKABの社長になられた。テレビ業界は全くの未経験の分野だったし、社員も寄り合い所帯。社内をまとめるだけでも、大変だったろう。恐らく相当、苦労されたはずだ。いつも頭が低く、威張った姿は、一度も見たことがない。まさにお手本にすべき、立派な先輩だった。

ご遺族には申し訳ないが、旅立たれ方も、ボクは手本にしたい。息子や弟たちからは日頃、「ピンピンコロリで頼むぜ」と言われている。長期に寝込むことなく、ぎりぎりまで元気で、ある日、ポックリあの世に行ってくれということだ。ボクも全く異論がない。変に長生きして、家族に迷惑をかけたくない。そういう願いを込めて参拝すると、ご利益があるお寺や神社を通称「ポックリ寺」といい、全国各地にあるそうだ。インターネットで調べたところ、熊本県内にも八代市泉村と南阿蘇村にあることが分かった。いつか機会をみて参拝に行ってこよう。

そんな話を友人としていたら、「ピンピンコロリはまずい」と言う。コロリというのはゴキブリ退治に使うもので、人に対して使う言葉ではないとか。じゃあ、何と言えばいいのか。友人は「GNPと言え」だって。GNPといえば国民総生産量のことだ。ところが友人は「G=元気で、N=長生きし、P=パタッといく」と説明した。なるほど、了解だ。早速、息子や弟たちに教えてやろう。

話は全く違うが、先日、KABの新入社員募集のCM撮りがあった。これはボクが植田社長を「アナゴ」と呼んだことに対する報復措置であることは明白だ。ボクはロケに出かける寸前まで「CMは社長の仕事だ」と抵抗した。それなのにアナゴ社長は「フン」と鼻先でせせら笑った。そのうえで「早く撮影に行ってくれ。ギャッハッハ」と品なく、大笑いした。ボクはいやな予感がした。なにかよくないことが待っているに違いない。

予感は的中した。撮影現場は白川河川敷の工事現場。長靴を履かされ、ワイシャツ姿にスコップを持たされた。そのうえで「あっちを掘れ」「今度はこっち」と散々、穴掘りをやらされた。まるで花咲かじいさんの飼い犬のポチ扱いではないか。最後には「バカ面して大笑いしろ」だって。こんなCMで新入社員の応募が増えるはずがない。担当ディレクターは、ボクを笑い者にするよう、陰でアナゴ社長から指示を受けていたに違いない。

アナゴ社長は出来上がったCMを見て「ギャッハッハ」と笑い転げて、「これで行こう」だって。この調子でこき使われたのでは、天寿を全うするのは、とても無理だ。下手をすれば、在職中にパタッといくだろう。ボクはアナゴ社長と呼んだことを深く反省したが、もう手遅れだ。せめてボクが出るCMだけは、絶対に見ないでほしい。

コケボウのひとこと

林田元社長の突然の訃報には、とにかくびっくりしました。
本当にお元気な方で、どんなに忙しい時でも悠々としたオーラを纏い、身のこなしの美しい方でした。
入社試験の面接の時には、緊張して名前も言えずにいた私に「まぁ椅子に座んなっせ」と声をかけていただき、問答もしどろもどろになると「わっはっは」と大きな声で笑っておられました。
あの寛容さで、入社を許していただいてからも、やっぱり変わらず社長はおおらかで、若さゆえの怖いもの知らずだった私が何かしでかす度に「あーたばかりは」(あなたって人は困った人ねぇというニュアンスでしょうか)と苦笑いされていた顔を思い出します。
売り切れ必至の駅弁を買いに行ったとき、ふらっと売り場を歩いている社長をみつけ「ちょうどよかった!あっちのブースに並んでください」とお願いしましたら「あーたばかりは」と言いながらも、ちゃんと並んでお弁当を買ってくれました。
コマーシャルを間違えて放送し、専務にこっぴどく叱られたときも、社長は「あーたばかりは」と言いつつ、自ら受話器をとって謝りの電話をかけてくれました。
せめてものご恩返しに、葬儀の時は受付のお手伝いをさせていただきましたが、元の役員のみなさんに思わず「いらっしゃいませ」と口走り、聞こえるはずのない「あーたばかりは」の声を聞いた思いでした。
KABも少しずつ歴史を重ね、アナゴ社長は4代目の社長です。
社長のカラーもずいぶん変わりました。

今放送中の会長のCMは、撮影に出る前「社長、一緒に行かれませんか?」と声をかけましたら「あいにく来客があるもので」と、やんわり断られてしまいました。
エキストラで現場監督役でもやってもらおうという魂胆がバレバレだったのでしょう。
会長は「その接客、代わろうか?」と往生際の悪いことを・・・。
アナゴ社長から「早く連れて行け!」といわんばかりの視線が送られてきたので、河川敷まで引きずるようにお連れすると現場では「自分が埋められるのでは?」という恐怖があったのかなかったのか、ちゃんと働いてくれましたけどね。

こんな一部始終も林田社長は「あーたばかりは」と笑ってくれているような気がします。
心よりご冥福をお祈りいたします。