前回のコラムの「ヤッちゃんのタメ口」で、ボクのコラムも先月で6年目に入ったとあった。ボクはまったく気がつかなかった。回数も今回で270回。よくもまあ、長々と続けたものだ。利口ではこんなに続かない。かといってバカでは続けられない。ここのところが微妙だ。視聴者の皆さんも、飽きもせず(本当はウンザリしているはず)、よくお付き合いしていただいたものだ。改めてお礼を申し上げたい

長く続いた原因のひとつに社員の貢献(?)がある。なにせセナガアナゴこと植田社長はじめ個性的な役員や社員がゴロゴロいる。「個性的」というのは平均的でない人達で、ひとつ間違えると変人に近い。だからネタに事欠くことがない。社内で石を投げるとネタ元に当たるぐらいだ。中には「私のことも書いてください」という売り込みもある。ボクは原稿を必ず、本人に見せて、事前了解を得る。セクハラやパワハラと間違えられると困るからだ。注文がきたことは1回だけある。貢いでも貢いでも、すぐ振られる某君で、「また振られるので、ボクと分からないように身元をぼかして書いて下さい」だって。

自慢するつもりはないが、これまで原稿の提出が締切日を超えたことは一度もない。そんなことをすればヤッちゃんや、その前任者のコケボウから手ひどい仕打ちを受けるに決まっているからだ。腰痛の手術で入院していた時は、コケボウがパソコンとムチを持って病室に来て、「さあ書いてもらおう」と言われた。出張などで締切日に不在の時は、前の週に提出させられた。圧力と弾圧の賜物でもある。

実は締切日を厳守するということは職業病の一種だと思っている。若いころ、新聞記者をしていて、締切厳守ということが脳裏に染み付いている。締切時間が刻々と迫ってくるのに、取材も十分でなく、原稿も書けない。あと1時間。残り30分。ああ、どうしよう。そんな夢を今でも時々、見る。恐怖にかられ、寝汗をびっしりかいて目が覚める。「ああ、夢でよかった」と思い、疲れと安心感が一度に噴き出す。

締切時間を守るにはいくつか方法がある。予定稿も、そのひとつだ。例えば今朝、鳩山首相が辞意を表明したが、夕刊の締切時間が迫っている。担当記者は早い時期から辞任の予定稿を書いていたはずだ。少なくともボクの記者時代はそうだった。ついでにいうと、小沢幹事長の辞任の予定稿もあるはずだ。昨日の鳩山・小沢会談直後、マスコミは二人の辞任はないだろうと言っていた。しかし、事態は一変した。政治の世界は、一寸先は闇であり、何事も事前準備が欠かせない。これに比べると、ボクのコラムは所詮は遊びであり、締切日を守ることぐらい、何ということもない。

それはともかく、長く続いたのはコケボウやヤッちゃんの汗と涙の努力のお陰でもある(単なるお世辞だ)。アナゴの威を借るヤッちゃんが「タメ口」で虚勢を張る様は、見ていて痛々しい。少しでも長く続けてほしいという、精一杯の努力の姿でもある。十分、理解しているから、何を書いても許してあげる。ボクは度量の広い窓際族なのだ。だからボクの姿を見て、机の下で両手を合わせて謝る恰好だけはやめて欲しい。頑張れ、ヤッちゃん。君の将来は暗い(かもしれない)。

ヤッちゃんのタメ口

度量の広い窓際族の会長様、いつも締め切りを守っていただきありがとうございます
これからもよろしくお願いいたします…と、ここまでは敬意を表してやって
お楽しみはこれからだ~っ!(プロレスラーのハヤブサ調に一緒に叫ぼう!)
確かに仕事がなくなったとは言え(社長様がバリバリ働いていらっしゃるから仕事がないのさ!言うまでもないがオレ様は“社長派”だ!!)締め切りをきちんと守るのはエライ。
内容はともかくその点だけは誉めてやろう。コケボウの厳しいしつけのお陰でもある訳だ。
“机の下で両手を合わせて謝る格好”だと?やっぱりあの“細い目”には見えないものが多いらしい。“謝る格好”ではない、拝んでいるのだ。長生きしてこのコラムが続くように!
意外にも会長のコラムを読んでくれている人は多い。「楽しみにしています」などという声がオレ様の耳に届く。会長はどうでもいいが、楽しみにされている人を困らせる訳にはいかない。だから少しでも長生きするように拝んでやってるんだ!!“親の心子知らず”とはまさにこのことらしい。まあ、オレ様の鞭のお陰でこうして書き続けられる訳だから、10年、20年と頑張るんだな!おっ、待てよ。その間も給料をオレ様たちは献上しないといけないのか…