ボクは自衛隊第8師団北熊本駐屯地近くに住んでいる。熊本電鉄の八景水谷駅から正門に至る数百メートルの道路の両側にはサクラ並木とツツジの植え込みがあった。春にはサクラの見事なトンネルが続き、目を楽しませてくれた。ところが数ヶ月前、そのサクラやツツジが伐採され、丸裸になった。サクラの名所のひとつだっただけに、残念でならない

工事をしている九州防衛局熊本支局の話によると、道路の下には米軍占有時代に作られた排水管があった。それが老朽化し、役に立たなくなったため、修理しないといけなくなった。道路の両側は崖になっている場所もあり、工事の安全性などを考えると、伐採せざるをえなくなったそうだ。やむを得ない事情だろうが、移植できるものは移植できなかったものだろうか。あれだけのサクラ並木を復元するには、恐らく数十年はかかるだろう。それどころか、再びサクラを植えることはないそうで、実に味気ない道路になったものだ。

昔から「サクラ切るバカ、ウメ切らぬバカ」と言われている。サクラは枝を切ると樹勢が衰え、花を楽しめなくなる。ウメは逆に枝を剪定しないと花つきも実付きも悪くなる。樹木の剪定の話だ。それを自衛隊の正門前のことに結びつけると、こじつけになるが、それでもサクラ並木を伐採することは、何と言えばいいのだろうか。つい、グチのひとつもいいたくなる

市内の繁華街の2階にある料理屋は窓の外がケヤキの緑に囲まれ、実に風情のある眺めだった。ところが、これもある日、大枝がバッサリ切りおとされた。なんでも近所から、落葉の季節になると掃除が大変だから、なんとかしろと文句が出たそうだ。ケヤキが醸し出す風情や景観などと比べたら、落葉の掃除ぐらい、我慢すべきだろう。これも近所に住んでいないための我儘だろうか。そういえば近所に迷惑を掛けるとか、文句が出るとかいう理由から、庭木をバッサリ切る家も増えているとか。

ボクの友人で、引退後、新潟県の片田舎に移住したのが居る。数年前、遊びに行った。その時に聞いた話だ。かってはどこの家も先祖代々続く杉の屋敷林で囲まれていた。風雪から家屋を守るためだ。ところが年々、その屋敷林が切り倒されていく。昔は落葉を集めて、たき火していた。ところが高齢化で、落葉を集める人手がすくなくなった。もっと大きな理由は落葉を燃やすと、役所の人が飛んできて「二酸化酸素がでるので、止めてくれ」と言われるそうだ。それでやむなく屋敷林を切り倒すのだとか。ウソのような話だ。

専門家にきいたところ、庭木はある程度、剪定した方が、樹勢を保つためにはいいそうだ。もちろん樹形を保ち、景色を良くするためにも、ある程度の剪定は必要だ。しかし、伐採したり、大枝をばっさり切り落とすのは別だ。ある意味、人間の我儘で、樹木を苛めていることにならないか。犠牲になる樹木が可哀そうではないか

住宅地の樹木はマンション化が進むにつれて、減ってきた。さらに高齢化が進むにつれて、拍車がかかる危険性は大きい。森の都と言われた熊本の樹木の群れはどうなっていくのだろう。よほど長期的、抜本的な対策を立てる必要があるのではないか。ボクは決して杞憂ではないと思っているのだが…。

ヤッちゃんのタメ口

う~ん、癪にさわるが今回は会長のコラムにいろいろな点でうなずいている自分がいる(だからと言って会長派になる訳ではない。オレ様は社長派だ!)
木には様々な役割がある。そして、そこではいくつもの生命が暮らし、様々な世界を形成している。木を切り倒すということはその世界を壊すことになる。人間には見えていないだろう様々な世界を…。オレ様も以前庭に植えたゴールドクレストが大きくなりすぎて切ってしまったことがある。そうする前にもっときちんと剪定すれば良かったと後悔している。各地にいろいろな銘木があるが、自然災害で折れたり倒れたりしたのがニュースになっているのを良く目にすると思う。“人と木の関わり”もっともっと考えなければいけない問題だと改めて考えさせられた。おっと、会長のコラムに感心してどうするんだ!!
いやいや、そこからいろいろ考えたオレ様が立派だな。うん、きっとそうだ!!