「こども」って、純粋で、素直で、感受性に溢れ、本当にいいなあ、と思う。別にボクの子供のことではない。ボクの子供はとっくに独立して、トウが経って、すれっからしになって、「こども」ではない。先日、「こどもの詩(ポエム)コンクール」の表彰式に出席した。その時に感じたことだ。

今年は21回目を迎えた。応募作品も年々増え、4582点もあった。ボクはざっと目を通したが、なかなかの力作ぞろいで、感動させられた。この中から特別賞、優秀賞、優良賞を選ばなければならない審査員の苦労は並大抵ではなかろう。ボクはみんなに賞をあげたいが、コンクールだからそうはいかない。

入賞者名簿を見て、気がついたことがある。ボクらの世代には、○○夫とか××子というのが普通だったが、いまではほとんど皆無だ。読み方も分からなければ、男女の区別も付きにくい。いくつか例をあげる。カッコの中は、読み方だ。陽可利(ひかり)、心花(このは)、未来子(みなみ)、毬華(まりか)、漢升(かんしょう)、育海(いくみ)、陽(ひなた)、朱梨(あやな)、愛(まな)、寿保(ことほ)、麗音(れのん)、和奏(わかな)…。親も名前をつけるのが大変だろう

作品も紹介したいが、行数に限りがあるので、坂村真民賞を受賞した天草市立鬼池小学校一年の小川晋平君の「おかあさんはいくつ」を載せておく。

おかあさんはまじょだ。
としをきいたら二十六さいといって
ニヤッとわらった。
五十さいは、いってるとおもう。
まあ二十六さいとおもっておこう。
でも、まじょみたいに
ながいきしてね。

受賞したこどもの家庭は温かく、明るく、親子・夫婦の仲が良いように見える。ところが、長い間コンクールの面倒を見てきた元中学校長の宮崎義之先生によると、必ずしもそうではないそうだ。表彰式には親子で出席するよう、お願いする。家庭の事情も見えてくる。そうすると両親が離婚していたり、別居中だったり、離婚協議中だったり、実にさまざま。幸せな家庭と程遠いところも決して珍しくない

それでも無理をして表彰式に出席してもらった結果、こどもの詩に感動し、復縁したり、仲直りする両親も幾組かあったそうだ。まさに「子はかすがい」ということも実感する。さらに純粋なこどもの詩の持つ不思議な力にも、改めて感動するという。ボクもいくつかの詩に、ついホロリとさせられた。ボクにも純粋な心がまだ残っているのだ。表彰式の模様や入賞者のインタビューは10月11日午後4時からKABで放映する

ヤッちゃんのタメ口

“こどもの詩(ポエム)コンクール”に寄せられる作品の数々。オレ様がかつてアナウンサーとして大活躍してKABを支えていたころ、この作品のナレーションを担当したことがある。
詩というのは読むのがとても難しい。気持ちを込めすぎると逆に興ざめすることがあれば、あまりにも淡々と読むと味がなくなる…それでも子供たちの作品を読み続けているうちに、自然と胸が熱くなってくる事がしばしばあった。いい経験だった、うん。
あの“細目”から繰り出す笑顔と権力を武器に社員と戦い続けている百戦錬磨の会長も、さぞかし“目から鱗”な感動だっただろう。毎日でも読ませてやりたいぐらいだ。
そうか、会長も子供の純粋な気持ちには弱いのか!(弱くない人間などいないと思うが…)ならば、オレ様たち社員も純粋な気持ちで“給料アップ”を叫べば…うん、オレ様は連休明けにも関わらず冴えてるぞ!!さすがオレ様だ。早速社長様に相談だ。