熊本城内の藤崎台球場の横に、樹齢千年と言われる楠の大樹七本がある。樹高30m、幹回り12mもあり、国の天然記念物の指定を受けている。ちょっと前だが、ここでコンサートが開かれた。千年楠を保存しようというのがコンサートの目的だ。荒尾市出身のシンガーソングライター、関島秀樹さんが作曲した千年楠を讃える歌を中心に、地元や東京の歌手らが美声を競った。参加したのは地元の人達など約100人。うっとりと美声に聞き惚れていた。

天候は良かったが、楠の木陰で、風が強かったため、震えあがるほど寒かった。それにしても舞台の上に覆いかぶさる楠は見事な眺めだった。幹も大きな枝も蘚苔類に覆われ、色どりを添えている。枝ぶりも多種多様で、たおやかに曲線を描くものもあれば、直角に近いものもあるなど、見あきることがない。風の通り道の木の葉が煌めきながら揺れる。あたかも風との対話を楽しんでいるようにも見える。楠たちが千年もの間、生き続けてきたことが実感として伝わってくる。一昨年だったか、球場に一番近い楠の大枝が枯れたことがあったが、樹医の手当のお陰で、ほとんど回復していた。

このコンサートの仕掛人は、宮本一路さんという。今は千葉県在住だが、もともとは熊本県人。実は小学、中学、高校とボクの後輩でもある。ゴルフ練習場で、たまたま知り合い、住まいが近所だったこともあり、たちまち親しくなった。数年前まで陸上自衛隊の第8師団の副師団長をしていた。階級は陸将補だから、昔でいえば「将軍様」だ。とはいえ、威張ったところは微塵もなく、気さくな人柄だ。そのころ、熊本城築城400年を記念して、曲芸飛行で有名なブルーインパルスを呼んできたのも彼だ。なんでもブルーインパルスの隊長が熊本出身という縁で、宮本さんが、強引に引っ張ってきたらしい。

ある日、彼は千年楠の崇高な美しさの虜になった。まさに郷土の誇りであり、これを保存しなくてどうする、と使命感に燃えた。普通であれば、こじんまりと保存運動を展開するところだが、行動力企画力に溢れた彼は、地元の住民や県、市などにも働きかけた。楠の根元に低緑樹を植え、張り巡らされていた金網を撤去させた。おかげで楠は見栄えもよくなり、木陰で憩ったり、見学に訪れる人も増えてきた。ボクも宮本さんに感化され、足を運んでは、しばしば雰囲気を味わうようになった。

彼は自衛隊を退官後、転職のために千葉県に引っ越した。それで彼と楠の縁が切れたわけではない。折にふれては熊本に里帰りし、保存運動を続けた。楠を讃える詩を四,五編作り、それに関島さんが作曲した。昨年も楠の木陰で、保存コンサートを開いている。だから今回は二回目だ。それだけではない。東京で熊本県出身者を中心に保存会を結成したのだ。単なる郷土愛だけではやれるものではない。ひょっとしたら楠の神秘さが彼を駆り立てているのかもしれない

彼は出来るだけ早く、熊本に帰郷し、永住したいそうだ。そうなれば保存運動も、さらに盛り上がってくるだろう。まさに、名前のように「真実一路」という感じがしてくる。ボクも微力ながら、できるだけ彼の手助けをしていきたい。

ヤッちゃんのタメ口

先週・先々週と続けて、我が社の“肉食系トリオ”について書いたがためにいろいろと痛い目にあったせいだろうか、久しぶりにオレ様好みのいい内容のコラムになったなあ~。
これはある意味トリオの3人に感謝しなければいけないぞ!ちなみに“トリオ”はなかなかの人気らしく、KABに寄せられたアンケートの中に「トリオが誰か教えて欲しい」との内容があった。オレ様としては写真付きで紹介したいぐらいだが、これ以上人気が出るのもまずい。(3人ともかなりキュートだから!!)チャンスがあったら皆さんにも紹介しよう。
話が戻るが、藤崎台球場の楠にはオレ様も何度となくお世話になった。まだ、ヤングでアナウンサーとして駆け出しだった頃のオレ様は、毎回毎回高校野球の実況の担当が近づくと不安で不安でたまらなかった(本番前は緊張で食事が出来なくなるのだ!)そんな時は、不安を打ち消すために楠の近くで発声練習をしたり、楠を見ながら気持ちを落ち着かせたものだ。懐かしいなあ~(しばらく回想モードに突入)
オレ様は長い年月を生き続けた木々などには“大いなる力”が宿っていると信じている。神社などにある木を眺めているだけで心が安らぐのは、その力のお陰だと思っている。
そうだ、会長を毎日藤崎台の楠に連れて行ってやろう。そうすればいまだに権力の座にこだわる汚れた気持ちがきっと浄化されるはずだ。いや、もしかしたらすでに浄化されつつあるから今回のようなコラムを書いたのか?藤崎台の楠に心から感謝しないといけないな!