最近、KABで日曜日に放映されている番組「シルシルミシルさんデー」をよく見るようになった。人気のスーパー、居酒屋、食品会社、お菓子メーカー会社など幅広い業界の裏側を、覗き見趣味的に紹介してくれる。大量の商品をいかに安く、消費者のニーズに合わせて作り上げていくか、その舞台裏が面白い。「へー、こんなにして作っているのか」と、驚かされることばかりだ。

ほとんどの食品や製品が流れ作業の中で、生まれていく。工場自体が巨大なロボットを思わせる。原料を入口に放り込むと、いろんな工程を経て、出口から包装された製品、商品として出てくる。工程自体にもさまざまな知恵努力の工夫が凝らされている。なるほど安全で、安くて、美味しい商品はこうして作られているのか。妙に納得させられる。

人力が関わる作業は、ほんの一部にしか過ぎない。ボクが見たのでは、一日に50万個の卵を洗浄機に入れる作業とか、不良品を瞬時に見抜いて生産ラインから取り除く作業とか、まるでロボットの一部になったようだ。それなりの高度な技術、修練、判断力を求められる作業だろうが、一日中、同じ行動を繰り返すのは、大変だろうなと感心した。もちろん、会社もそれなりに休憩時間とか、気分を紛らわす工夫とか、福利厚生も充実しているのだろう。

ボクはつい、チャップリンの名作「モダンタイムス」を連想した。チャップリンの扮する主人公は、巨大な工場で働いている。この工場も、一種のロボットだろう。主人公の仕事は流れ作業で出てくる製品にネジを取りつけることだ。とにかく1日中、ネジまわしの作業を続ける。主人公はついにおかしくなり、巨大な歯車に巻き込まれてしまう

チャップリンがこの映画を制作したのは1936年。今から70年以上前だ。当時は恐らく手作業の工場だったろうし、ロボットのような工場が存在したはずがない。それが、現代では、ごくありふれた工場になっている。ボクは改めてチャップリンの想像力先見性に驚嘆する。念のために言っておくが、現在の工場で働いている人と主人公を同一視しているわけではない。なにしろ時代が違うのだ。

「シルシルミシルさんデー」では、全くべつのことも連想した。作られる製品、商品、食品は見事なまでに統一化され、味も、形も全く同じだ。それはそうだろう。バラバラでは商品にならないし、お客さんの信用も一度に失ってしまい、売れなくなるだろう。規格外の商品は、さまざまな工程で排除されるのは当然だ。そこでハタと気がついた。今の学校教育とどこか似ているようなのだ。

学校教育では型にはめたような子供達を「量産」しているのではないか。とにかく学業成績さえよければ親は満足する。それに応じた学校教育ではないのか。ボクらの子供の頃は、たとえ成績は悪くても、スポーツが得意だったり、歌が上手かったりすると、それだけで尊敬されていた。言ってみれば多様性に溢れていたような気がする。今の子供達は、どこか画一化されているように見える。ひょっとしたら学校が認めた、ある基準以外の子供達は「規格外」として疎外されているのではないか。それが杞憂であればいいのだが。

ヤッちゃんのタメ口

おっと、きょうは教育ネタか?実はオレ様が“国語の教員免許”(中学・高校)を持っていると知ってのことなのか?ちなみにオレ様の大学の卒論のテーマ「今日の個別化教育について」
決められた型に当てはめて教育するのではなく、児童・生徒の個性に合わせた教育を行うという考え方だ。「オープンスクール」と言うのがそれに当てはまり、学年ごとの教室ではなく学年や学級制を廃止し1つの教室(スペース)で学ぶと言うスタイルだ。児童に対する教師の人数が大幅に必要になったり、教師のスキルにより高いものを求めるとともに、児童の自主性・主体性も求められる。
現状の教育現場からすると難しいかもしれないが、少子化となっている今だからこそ有効な教育方法ではないかと思うが、どうだろうか?
おっ、今回は会長にのせられてオレ様の“隠した爪”を出してしまったが、その気にさせるなんてやるじゃないか会長!!
ちなみに、「シルシルミシルさんデー」(※放送は終了しました)と「シルシルミシル」(※放送は終了しました)はオレ様も大好きな番組だ!あれを観た後は、だいたい紹介された企業の商品を食べたくなるんだよな~。みんなもぜひ観てくれよ!!