長過ぎたゴールデンウイーク(GW)がやっと終わった。なにしろ遊びや遠出の連続で、ゆっくり自宅で休んだ(?)のは一日だけ。人間なんて我儘なもので、これなら「会社に行った方が楽」なんて思ったりして。東日本大震災の被災者の苦労や苦しみを考えると、ボクのような極楽トンボには、そのうちバチが当たるに違いない。

GWの間に、天草に遊びに来いと誘いがあった。球磨焼酎を楽しむ会で、ブタ放牧飼育しているという天草の農家の夫妻に会った。提供してくれたブタ肉は無上の美味しさだったし、放牧の話も面白かった。多分、美味しいブタのバーベキューが食べられると思い、喜んで誘いに乗った。問題はどうやって行くか。バーベキューにサケは付きものだ。ボクが運転するわけにはいかない。そこで弟に「美味い物を食べさせてやる」ともちかけ、出かけた。

農家は天草空港近くだった。焼酎の会に同席していた前熊本駅長の夫妻も来ていた。ボクと同じで、バーベキューを楽しみに来たという。ところが、どうも雰囲気が違う。車が10台以上も集まっている。家の中には50人近くが座っている。前駅長とボクと弟は上座に座らせられた。テーブルの上にはご馳走が山盛りだ。なんでも農家の初孫の初節句のお祝いという。ボクと前駅長は絶句した。弟も唖然としている。寝耳に水とはこのことだ。

ここまで来た以上は、帰るわけにもいかない。この地方では、祝いの席に遠来のお客を呼ぶのが「風習」だとか。事前に初節句の祝いというと、断わられる恐れがあるので、内緒にしていたそうだ。こうなれば腹を据えるしかない。ご馳走は美味かった。ブタのブの字もなかったが、獲れたての天然タイ、タコ、イカ、ウニ、エビなどを満喫した。さすが天草の味だ。ただし、帰りは渋滞で4時間かかった。運転した弟には、ゴルフに負けてお礼にしよう

そうそう、4バカ兄弟のルーツ探しの旅も報告しておこう。同行したのは兄弟4人と弟の妻2人の計6人。ワンボックスカーで出かけた。まず耶馬渓を見学した。ここでボクは不覚にも階段で躓き、両膝と指先に怪我した。歩けないほど痛かったが、弟たちの手前、無傷を装った。それから中津市に一軒だけある同姓の家を訪ねた。いろいろ聞いてみると、曽祖父の兄弟か従兄弟の家系のようだ。

まず菩提寺を案内してもらった。墓は見つからなかった。昔からの墓石は、字も読めなくなり、整理したとか。過去帳もあるにはあるが、整理中で、いつ終わるか見当もつかないそうだ。かくしてルーツ探しの手掛かりは途絶えた。と思っていたら、同姓の人が、曽祖父の名前を近くの神社の奉加帳の中でみたことがあると言いだした。早速、その神社にも案内してもらった。神社の扉は正月だけしか開かない。境内を回っていたら、横浜から来た弟が、奉加者の名前を刻んだ石柱を見つけた。なんと祖父とその兄2人の3本もあった。曽祖父の出身は中津市三光であることは、ほぼ間違いないようだ。

社会人になって初めての長期休暇は、実に有意義なものになった。ビバGWとでも言っておこう。さてこれからは働く振りをして過ごそう

ヤッちゃんのタメ口

会長はああ見えても日頃はとても忙しくしているから(一応上司なので顔をたてているだけだ!)このGWを満喫してもらって何よりだ。ただ、あまりの満喫ぶりに出勤の仕方を忘れるんじゃないか心配だったが、ちゃんと働いているようだし原稿もきちんとオレ様の所に持って来たから良しとしておこう!

まあ本人は満喫し過ぎて“バチ”が当たるとか心配?していたが大丈夫だ。その前にオレ様が次々と仕事を運んでこき使ってやるから。“働くふり”なんか当然出来ないくらいたっぷり働いてもらおう。休んだ分しっかり頑張るんだぞ!!

話のついでにオレ様のルーツについて少し話してやろう。オレ様の姓の“細谷”だが、父親の実家である新潟県上越市名立区(旧・西頸城郡名立町)がルーツで、近所には“細谷”姓の人が大勢いる。全てが親族と言う訳ではないが、あまりの“細谷”の多さに驚いたものだ。おばの話だと四国の方で活動?していた海賊が新潟に逃げてきて住み着いたらしい…(汗)ちなみに、群馬県には“細谷駅”と言うのがあり、そちらには新田源氏(新田義貞で有名な一族だ)の流れを汲む一族が住んでいたらしい。

会長の話に刺激された訳ではないが、先祖のルーツ探しと言うのもおもしろいな!

今度、マシーンに乗って新潟まで出かけてみようかな?会長、その時は長期休暇をもらうからよろしくな!!