ここはどこ、ボクはだれ。ある日、ボクは訳が分からなくなった。別にボケたり、認知症になったわけではない。先日、ボクが卒業した京陵中学校の同窓会が熊本市内で開かれた。3年ぶりということで、ボクも当然、参加した。ところが会場に着いてみると、どこかの老人クラブか老人ホームに迷い込んだ感じがした。男性も女性もボクより年上に見え、とても同級生には見えない。そこで冒頭のような感覚に陥ったわけだ。

なにせボクは、気力体力知力行動力のいずれも「還暦前」を自負し、どっぷりとその中に浸りきっている。それだけに、同級生がみんな、相当、年長者に見えたのだ。しかし、時間が経ち、サケが入るにつれて、幼馴染の顔が見え始めた。会場を回るうちに、次第に50数年前に引き戻される。話が進むにつれて、違和感もすっかり消えてしまった。

実は、今回の同窓会は「古希」を祝う会でもあった。「古希」とは、唐の詩人、杜甫の「曲江詩」の「人生七十古来稀なり」からきている。同級生のほとんどが69歳なので、祝う会になったわけだ。ちょっと待ってくれ。ボクは早生まれなので、「古希」の祝いは来年だ。なので、反対しようと思ったが、大人気ないので、黙っていた。この年齢になると、一年の差は大きい。女性が一歳でも誤魔化そうとする心情が、身に染みて理解できる。

参加者は約160人。東京、奈良、京都など遠路はるばる駆け付けた参加者もいた。中には大学時代、一度だけデートした女性もいて、懐かしい限りだった。残念ながら、気の小さいボクは、その女性とはちょっとしか話ができなかった。当時の担任の先生も5,6人みえていた。ボクらのテーブルには2年生の時の担任で、国語や書道を教えてくれた柏原伸一先生が座られた。なんでも80歳ということだが、とてもそんな歳には見えない。女性にも興味しんしんのようで、どうかすると同級生より若く見える。いまだに菊池市内で書道の先生をされており、れっきとした「現役」。それが若さの秘訣かもしれない。柏原先生は二次会にも付き合い、しかも美声まで披露。三次会まで行きそうなので、あわてて送って行った。「還暦前」のボクも頑張らなければ

会場には東日本大震災で遺児となった子供の育英資金の募金箱も回された。みんな快く応じ、あっという間に21万円も集まった。さすがわが母校の同級生たちだ。

途中、司会者が「シルバー川柳」なるものを披露してくれた。作者は不明なので、著作権侵害になるかもしれないが、面白かったのでいくつか紹介しよう。

  • 「あちこちの 骨がなるなり 古希古希と」
    今は全く理解できないが、ボクも来年はよく分かるようになるだろう。
  • 「年をとり 美人薄命 うそとしる」
    これはよく実感できる。なにしろここまで生きてきたのだから。
  • 「お辞儀して 共によろける クラス会」
    そういえば会場はこんな光景だらけだった。
  • 「老木は 枯れたふりして 新芽だし」
    なるほど。これはボクのことに違いない。体中から新芽が吹き出している感じすらする。さあ、「老害」と言われても頑張るぞ。「何を頑張るの」と言われても困るけど。
ヤッちゃんのタメ口

いつものようにコラムをオレ様の所に献上しにきた会長に対し、可愛らしい“肉食系トリオ”のお姉さまが一言「会長、顔の色つやがとてもいいですね!」と褒めていた。オレ様には「好きなことをいろいろやっているから(社員にやらせてもらっているから)元気なんですね!」との意味にとれたが、会長本人は自分の“若さ”について褒められたと勘違いしたらしい。あの細い目を一層細めてニコニコしながら「そうだろう、そうだろう」といたってご満悦だった。改めて原稿を読むと、自分の若さ(KAB社員の“働き”をエキスとして日々取り入れている!!)の事と、本当かどうかかなり疑問な“ロマンス”について書いていたから、会長としてはしてやったりなんだろう。案の上、周辺の人間が気を使って“ロマンス”の件について突っ込むと「もう忘れたからなあ~」など、わざと忘れたふりをするなどつまらない芸で楽しんでいた。まあ元気だからいいけどな!!

ふ~っ、とてつもなく忙しいオレ様だがなんとなくこの瞬間だけはほのぼのしてしまったぜ。おっと、オレ様まで会長の技にはまったのか?