今朝はなんとなく蒸し暑い。と思っていたら、夏至だった。太陽が真上に登り、一年中で一番昼が長い。冬至の昼間と比べると4時間50分も長いのだ。ボクの感覚だと、7,8月の方が長いと思うのだが、今の時期は梅雨と重なるため、さほど長く感じないのかもしれない。それでも今日は真上から日光が降り注ぎ、日陰でもムシムシする。

それにしても最近は週末前後に集中豪雨が連続している。あたかも亜熱帯地方のスコールという感じだ。やはり地球温暖化が進んでいるためなのだろうか。川の水は川岸近くまで迫り、洪水や土砂災害が起きないか、ヒヤリとさせられる。幸い、さほどの大事には至らなかったものの、いつ「想定外」のことが起きないとも限らない

ボクは少年時代、2度も水害に見舞われた。住んでいたのは熊本市内坪井(現在は坪井)で、夏目漱石の旧居の2軒隣だった。今は中央高校の校舎になっている。昭和28年6月26日。10歳の時だ。激しい雨が降り続いていた。夕方になって玄関から水が噴き出し、あっという間に増えてきた。家族総出で、畳を机の上に積み上げ、家財道具を2階に運び上げた。ボクも教科書、文房具、着替えなどと一緒に小さな段ボールの箱を疎開させた。

水はさらに勢いを増し、積み上げた畳はひっくりかえり、家具類も水に浮かんでいる。たちまち水は一階の軒先まで達した。どういう訳か、ほとんど恐怖感は感じず、むしろ非日常的な出来事に、奇妙に心が高ぶったことを記憶している。この時、市内の70%が冠水し、500人を超える死者・行方不明者が出たことを、後で知った。

一夜明けると、道路向うの住宅の屋根に、一家4人が傘をさして避難していた。約100m先の電車通りは冠水しておらず、黒山の見物人で溢れかえっていた。ボクが2階に運んだ段ボール箱の中でガサゴソと音がする。箱を開けると、無数の蛾が飛び出してきた。ボクはカイコを飼っていて、繭になっていた。それが一斉に羽化していたのだ。カイコとはいえ、成虫になればただの蛾だ。部屋中大騒ぎになり、両親に怒られた。変なことばかり記憶に残っているものだ

後始末は大変だった。水をたっぷり吸いこんだ畳は重く、大人2人でも運べなかった。床下には火山灰のヘドロが溜まり、各家から道路に出されたヘドロは軒先まで積み上がった。階下では寝起きもできず、しばらくの間、避難してきた近所の人達と2階での雑居生活が続いた。4年後、再び大水害に見舞われた。水は軒先まで達した。2度も経験すると、後始末も、比較的、順調だったような気がする。ただ、どう言う訳か、この時の記憶は定かではない。

東日本大震災の被災者の皆さんの悲惨さは、熊本大水害とは比較にならないだろう。義援金も配布されず、国の復興も足踏み状態が続いている。政治家も官僚も、何を考えているのかと、怒りを覚える。こんなことでいいのか。

ところで、今月、ボクは取締役を解任され、ヒラ会長に降格される。アナゴ社長に逆らったことが、裏目に出たらしい。ということで、このコラムも今回を最終回にしたいのだが、いかがなものだろう。

ヤッちゃんのタメ口

このコラムを「最終回」にしたいだと?何を腑抜けたことを言ってるんだ!!確かに肩書きはなくなったかもしれないが、それがいったいどうしたと言うんだ!肩書きが人間の全てじゃないだろう。肩書きはなくなっても、会長にはこのコラムにかける“熱い心”があるじゃないか!そして、毎週楽しみにしいているファンが大勢(多分)いるじゃないか!!(注・ここは松岡修造風に叫んでみよう!!)

このコラムに関しての“権限”はオレ様が牛耳っているから(多分…そう思う)安心して書かせてやろう。ヒラだろうがなんだろうが“会長”であることには変わりない。まして、KABファンには全く関係がない。“会長”である限りこのコラムを書くのは“掟”のようなものだから、気にせずに書いてくれ。まあ、ますますになる訳だし、これからもコラムを書き続けファンを楽しませるんだぞ!!あんまり腑抜けたことばかり言っていると、久しぶりにコケボウさまに鞭でも入れてもらうぞ~!