先日、機会があって奄美大島と隣の加計呂麻島に出かけた。2泊3日の予定だったが、台風が近づいてきたので一泊に変更した。島の人達との交流を楽しんだが、ある意味でカルチャーショックを受けた。とにかく純粋素直で、僕たちが昔に失ったものを、思い出させてもらい、実に貴重な経験だった。

奄美大島では、まず、空港近くで島の名物、鶏飯料理をパクついた。なんでもかっては高級料理で、薩摩藩の役人をもてなすためだったとか。鶏肉を細かく裂き、薄焼き卵やいろいろな調味料を丼に盛り、さらにスープを掛ける。ついでに別途、注文した炒った鶏皮や味噌漬けの豚肉も加えた。実に香ばしく、味覚も多彩で、ボクは2杯も平らげてしまった。これだけで訪れた甲斐がある

満腹になったところで、一路、加計呂麻島へ。ちょうど奄美大島を縦断する形だ。島のいたるところに、昨年の集中豪雨で起きたがけ崩れの痕跡が残り、復旧工事が行われていた。3時間近く掛って、島の南端へ。そこから海上タクシーに乗って、いよいよ加計呂麻島へ。海水は澄みきり、港では底まで手に取るように見える。色合いが何とも言えない。エメラルドグリーンというか群青色というか、つい言葉を失う

15分程度で、島の民宿へ。早速、目の前の浜で海水浴。あいにく台風が近づいていたせいか、波が高く、海中も濁っている。ボクは恥ずかしいことに泳ぎが下手なので、浮き袋につかまって、ドンブラコと楽しむだけにした。それでもつい、ウキウキしてくるから単純なものだ。

さていよいよ大宴会だ。島の人達が8人集まってくれた。特産の黒糖焼酎の一升瓶が3,4本並ぶ。魚介類がずらりと山盛りだ。マグロの頭の蒸し焼きに、巨大なイセエビもひとり半分ずつ。飲めや歌えの大騒ぎになった。40歳ぐらいの女性は歌手(島では唄者という)だそうだ。島の民謡、島唄をたっぷり披露してくれた。ひとつの曲に、歌詞が2,30もあるとか。ボクは島独特の太鼓チヂンの叩き方も習った

踊りは沖縄と同じと思っていたら、沖縄では手の平を突き出すようにするが、島では招くように手前に寄せる。沖縄には悪いものを押しやる意味があり、島では福を招き寄せるという。いろいろ話しているうちに、薩摩藩に搾取され、抑圧された歴史も持つことも分かった。かっては子供たちが島外に出ても困らないように、標準語だけを教えるのが普通だった。しかし、それでは島の文化が途絶えてしまうということで、今は方言を老人たちに学び、積極的に取り組んでいる。唄者は郵便局に勤める傍ら、島唄を教えている。生徒は子供が30人前後、大人が20人いるそうだ。

宴は3時間余も続いた。その間に、島の人達が地元の文化や伝統、歴史を大事に思い、保存して子供達に伝える熱意に溢れていることも理解できた。熱い郷土愛にも感動させられた。翻って我が郷土・熊本に、これほど郷土を愛し、歴史、伝統、文化を守り、育てる人がいるかどうか。しみじみと考えさせられる小旅行でもあった。そうそう、唄者は今秋、熊本を訪れるそうだ。なんとしても歓待しなければ。

ヤッちゃんのタメ口

会長の旅行記、読んでいて本気で羨ましくなったぜ。オレ様は“加計呂麻島”はもちろん“奄美大島”にも行ったことがない。エメラルドグリーンの海に豊かな自然、そして豊富な海産物。社内で仕事詰めになっているオレ様からは想像も出来ない世界だ。現実逃避を日々試みているオレ様は(最近はツーリングにも行けていない!手軽な現実逃避“JOJOの奇妙な冒険”を読むことかな?)今回のコラムを読んでいてとてつもなく行きたくなった。

んっ?別に会長の文章が上手いからじゃないぞ。そういう文章を書かせている“加計呂麻島”や“奄美大島”の自然が素晴らしいだけだからな、勘違いするなよ。

そういえば、先日わざわざオレ様の所にやって来てこの旅行の思い出話を楽しそうにしていたなあ~。あの時のうれしそうに話す会長の姿はなんとも可愛らしかった

かつてKABの“権力の座のトップ”に君臨していた男とは思えないくらい無邪気な感じさえしたぜ。いろいろ肩の荷が下りてこれまで以上に表情がにこやかになってきたような気もするが…。あとは、オレ様たち頑張っている社員を労うために、どこぞバカンスになんぞ連れて行ってくれたらいいんだが…。頼むぞ会長!!