日本語というのは難しい。特に熊本の方言が交じると、余計に分からなくなることがある。会話による意思の疎通なんて簡単にいうが、場合によってはこじれる元にもなりかねない。つい先日も、弟と会話のすれ違いから、危うく喧嘩になりそうになった。たわいもないことで、いま思い出すと、笑いだしたくなる。

連休中、弟たちの家族と一緒に、叔父の法事で高知に行った。その帰り道、新幹線に乗るためにJR博多駅のホームに行った。ホームをウロウロしていたら、弟が「このホームは、すわれんばい」と話しかけてきた。みんな重たい荷物を持っているし、そんなバカなことはない。ボクは「待合室に行ったら、すわれるだろう」といって探しに行った。待合室の中に居る人もまばら。「あそこなら、すわるっばい」と言ったが、弟は「そぎゃんわけにはいかん」と言って譲らない。疲れでイライラしていたし、つい「バカなことを言うな」と怒鳴りたくなった。

そこで、ハタと気が付いた。弟は「ホームでタバコは吸われない」と言っていたのだ。ボクはボクで「椅子に座れないのはおかしい」と思い込んでいたのだ。漢字にすると「吸われない」「座れない」とは歴然と違いが分かるが、会話だと全く同じ発音で、区別がつかない。つい誤解も生じてきたのだ。

東京にいたころ、何回か、会話でいき違いになったのが「なおす」という言葉だ。熊本弁では、なおす(納す)というのは「しまい込む」とか「保管する」という意味だ。これが標準語だと、なおす(直す)ということで、「間違いを訂正する」とか「文章を改める」などの意味になる。そこでボクが「おい、この書類をなおしてくれ」というと、相手は「どこを、どうなおせばいいのですか」と聞いてくる。ボクが「そこの書類棚になおせばいいんだ」というと、相手はますます怪訝な顔をする。そのうちボクも熊本弁と標準語の違いに気が付いて、謝るハメになる。分かっていながら、つい何度か同じ間違いを繰り返したものだ。

話は若干変わるが、同じ音の繰り返しが多いというのも熊本弁の特徴だ。例えば「すーすーすー」だ。他県の人とか若い人には何のことかまずわかるまい。念のために説明すると「隙間風が入り、寒いこと」とか「冷え冷えする」ことをいう。「なかなかなか」というのもある。これはあちこち探しても、なかなか見つからないと言うような時に使う。「たったった」というのは支払いのお金が不足していなかった時などにいう。最近、クルマのCMに女の子がカメラを構えて「とっとっと」と叫ぶのがある。これはいうまでもなく「写真を撮っているの」ということだ。ただこのCMが熊本弁を使っているわけがないので、ひょっとしたら九州弁に共通しているのかもしれない。

面白いのは、「ぐらぐらした」というのは「アタマにきた」と言う意味で、「ぐじぐじする」というのはお腹が痛いときの表現だ。似たような言葉だが、表わす身体の部位が違う。本当は熊本弁は粗雑なようで、繊細な表現力をもっているのかもしれない。こんなことを書いても、いまだ他所者のヤッコダコには理解できまい。

ヤッちゃんのタメ口

実は、熊本弁にはオレ様も戸惑うことが度々あった。20年ほど前に千葉からこの熊本に来た訳だが、様々な場面で熊本弁の洗礼を受けた。

入社当時のオレ様の担当は警察。事件・事故が起きていないかを確認する電話を毎日県内の各警察署にかけるが、電話先の警察官の第一声が「もしも!」(ちょっとドスの効いた怖い感じで…)えっ?もしもって…「if」のことか?どんな意味だ?緊張しながら電話をかける新人には意味不明な訳で…。「もしもし」を単純に縮めただけの言葉と知ったのは後日のこと。

また、知り合いとの会話の中では「今から来るね!」との表現が登場。えっ?行くじゃなくて来る?自分に来いとの意味?(これも熊本ならではの言い回しらしい…)他にも、乱暴な表現だと「うちころす!」と言うのもあったなあ~。今ではだいたい分かるようになったが、改めて考えてみると確かにいろいろな表現があっておもしろい。国語の教員免許を持っているオレ様にとってはいい勉強になるぜ!

ただ、会長が言っているように熊本弁が繊細な表現かどうかは分からないが…