連日うだるような暑さが続く。なにかいい避暑法はないか。ということで山都町の清和文楽館人形浄瑠璃を見に出かけた。郷土の芸術にしばし身をゆだね、暑さを忘れようというわけだ。ここら辺がゲージュツのゲーの字も分からないヤッコダコやコケボウとは違う。文楽館にはこれまで2,3回行ったことがある。そのたびに人形浄瑠璃に感嘆させられた。前回はたしか「壺坂霊現記」だった。

今回は「日高川入相花王」の「渡し場の段」。もともとは能の「道成寺」から生まれた話で、「安珍と清姫」の物語として知られる。簡単に筋書きを説明する。皇位争いに巻き込まれた安珍は僧に変装し、追手から逃れる。途中、一夜の宿で宿の娘、清姫と会う。いろんな成り行きから清姫は安珍にをし、安珍は道成寺を目指して逃げ出す。清姫は後を追うが、日高川に行く手を阻まれる。ここから人形浄瑠璃は始まる。

そこには渡し船があり、清姫は乗せてくれるよう船頭に頼む。しかし安珍から「娘が追いかけて来ても乗せるな」と頼まれ、お金を渡された船頭は拒否する。どうしても渡してくれないと知った清姫は、嫉妬のあまり鬼になり、さらに大蛇になって日高川を渡り切る。そこで渡し場の段は終了する。

一番の見どころは、清姫が鬼になり、大蛇になるところ。16,7歳の可憐な清姫がどうやって化けるのか。ボクは以前から見たいと思っていた。そして度肝を抜かれた。可愛らしい人形は、一瞬で二本の角が生え、目は真っ赤に血走り、牙が伸びた口は耳まで裂ける。大げさでなく、背筋がぞっとする光景が展開するのだ。暑さなんてどこかに吹き飛んでしまった。まさに避暑法にうってつけではないか。

公演が終わった後、鬼に化ける仕掛を説明してもらった。頭部の中にクジラのヒゲで作った仕掛があり、ヒモを引っ張るだけで、一瞬にして化けたり、元に戻ったりするそうだ。この人形は資料館にも展示してあり、ゆっくり見ることもできる。

上演するのは近所で日頃、農業を営む人達だ。公演の時だけ農業を休み、終わるとまた畑や田んぼに帰っていく。一体の人形は、3人一組で操る。始まりは江戸時代末期で、親子代々、伝統的に伝えられてきた。一時は廃れかかったこともあったが、昭和になって復活。平成4年に文楽館ができて、完全に復活した。今では日曜日定期公演があるほか、団体で依頼すると、臨時講演もしてくれる。ぜひ一度は訪れてほしい

「日高川」は全5段で、「渡し場の段」は4段目にあたるが、残っているのは4段目だけだそうだ。さて5段目はどうなるのか。道成寺に逃げ込んだ安珍は降ろした釣鐘の中に隠れる。大蛇に化けた清姫は、それを知り、釣鐘に撒き付いて、炎で安珍を焼き殺してしまう。なんとも救いのない、残酷な話だ。昔の人はこの物語で何を学んだのだろう。女性の嫉妬は恐ろしいということだろうか。

ボクは男性の嫉妬の方が、もっと怖いと思う。別に女性の嫉妬が怖いからゴマを摺っている訳ではない。言うまでもないことだが、ボクに嫉妬するような女性はいない。なにしろボクは身綺麗が売り物なのだから…。

ヤッちゃんのタメ口

なにっ?コケボウはともかく、このオレ様が“芸術を分からない”だと?芸術と文化薫る出で立ちのオレ様に対してなんと失礼な!!そもそもオレ様の専攻は“古典”だ。(たまたま教育実習で教えたのが古典と言うだけだが…)先人から多くを学ぶではないが、様々な物語からいろいろな事を学んだぞ!えっ、何を学んだかって?それは、オレ様の日ごとの立ち振る舞いやこの知性あふれるコラムの内容から感じ取ってくれ。

まあ、オレ様は“心が太平洋”だから相談役のうわごとを軽く流すことが出来るが、コケボウはと言うと、そうもいかないだろうな。体調を崩した時にうれしそうに話したり、水害の原因をコケボウが天気担当になったせいにするなど、最近相談役がつれないのが寂しいらしい。(あくまでも社内で飛びかっているうわさ話ではあるが…)

きっと嫉妬の炎ならぬ“悪天候”の負のオーラをほとばしらせながら、清姫がごとく相談役に襲い掛かるぞ、きっと。う~ん、その修羅場を見たいような見たくないような(笑)

そうだ、その時は「おもしろいものが見られる」と社長様に報告しよう。