やっと幼児の時からの夢が実現した。ボクは御幼少のみぎり、藤崎宮の秋季例大祭の随兵行列に叔父に連れられて参加したことがある。その時の印象は鮮明に残っている。それ以来、いつかは参加してやろうと思い続けていた。一種の摺り込み現象だろう。しかし、「貧乏人の子沢山」の家庭には、その余裕も機会もなかった。

長い出稼ぎ稼業から帰郷。例大祭への思いは変わらず、毎年、弟たちと随兵行列の最初から最後まで、立ちずくめで見物した。太鼓、鉦、ラッパ、掛け声を聞くと、身ぶるいがしてくる。なんとか参加したいと思いつつも、縁もゆかりもない身では、実現の見通しはつかず、ほとんど諦めていた。ところが昨年、どういうわけか高校同窓会役員の端くれにさせられた。むろん、それで随兵行列に参加できるわけもない。一方で、この機会を逃したら好機は2度とこないだろう。

というわけでボクは蛮勇を振るって、同窓会長に参加させてもらえないかと直訴した。断わられて元々だ。ところが太っ腹の会長は「出てよかよ」だって。ボクは舞い上がってしまった。ただ参加するのではない。随兵行列の先頭、同窓会の旗の次に羽織袴で歩くのだ。こうなったら、いくら誹謗中傷、妬みやそしりを受けようが、バカ者、愚か者扱いされようが諦めるものか

とはいえ祭りが近付くにつれて不安も生じてきた。第1に朝5時の集合時間に間に合うか。第2に全行程を歩けるか。第3に途中、トイレに行きたくなったらどうするか。第4に雪駄(せった)を履いてマメができるのではないか。第5に前日、前々日とサケを飲む会合があるが、体力は持つのか…など考えると心細くなってきた。最後はなるようになるだろうとハラをくくった。

随兵行列もちろん全てが杞憂に終わった。4時には目覚時計で飛び起き、前日のサケの影響もない。足の親指の股にバンドエイドを貼ったらマメもできなかった。トイレも大丈夫だ。時々、小雨が降りかかるが、番傘でしのいだ。いささか参ったのが、やたらと待ち時間が長いことだ。藤崎宮近くの公園に集合したのが午前6時。出発したのは8時過ぎだったろうか。途中、知り合いや見知らぬ人から声がかかり、ボクは愛想よく手を振ってみせた。ちょっとスターになったような気分だ。休憩所の料理屋に着いたのが10時ごろ。そして夕随兵の出発は4時過ぎということで、延々6時間前後の休憩だ。

朝は同窓会長、高校の校長と3人で歩いた。ところが会長は「疲れた」といい、校長は「仕事がある」と夕随兵はキャンセル。なんとボク一人で歩くハメになった。ああいうのは単に目立てばいいというものではない。なんとなく気恥ずかしくなった。それでも胸を張って歩いたが、終点近くになったら、ずんだれて猫背気味になってしまった。

全てが終わった後、別の付き合いである飲み会に参加。10時過ぎまで呑んでしまった。翌日は足腰が立たないのではないかと心配したが、ほとんど疲れも残らなかった。やはりボクはタフなのだ。それが証明されただけでも参加した意義はある。ともあれ、いずれ訪れる「永の旅路」の土産話はできた。ヤッタゾー。

ヤッちゃんのタメ口

まったく、元気というか体力を持て余しているというか暇を持て余しているというか…

ただ、そのタフさには正直拍手を送ってやろうじゃないか。それだけ日頃に何もしないで体力を溜めているという事なんだろうな~。よしよし、それだけ体力が余っているならオレ様がもっともっとこき使ってやろうじゃないか!“永の旅路”の土産話になるような出来事を与えてやろうじゃないか!何故か巷で話題となっているらしい“相談役CM”の第2弾・第3弾だ。

今度のCMは、KABの朝の情報番組“やじうまテレビ”“モーニングバード”にひっかけたバージョンにする予定だ。“タフ”な相談役のことだから、ちょっとやそっとのスケジュールじゃ根をあげないよな。1日に2本撮りをしても問題ないよな。朝早くから夜遅くまで撮影しても問題ないよな。よしよし、オレ様から超ハードなスケジュールをプレゼントしてやろうじゃないか。相談役、楽しみにしていろよ!!