よく知っているつもりでも、意外と知らないことが多い。先日、熊本経済同友会主催の熊本の水を訪ねる行楽に同行した時、しみじみと感じた。案内人は、最近、「くまもと水のみばなし」を出版した末吉・歴史文化研究所社長の末吉駿一さん。なんとボクより14歳も年上というのに矍鑠(かくしゃく)としたものだ。

スタートは水前寺公園から。まず名前の由来である水前寺の寺跡に行く。石碑と石垣がある。子供のころからよく遊びにいっていたのに、全く気付かなかった。ついで古今伝授の間へ。目前の庭園はいわずと知れた水前寺成趣園。大名の庭園は数多くあるが、湧水があるのは唯一、ここだけだそうだ。そこから砂取橋を訪れる。この上流が藻器堀(しょうけぼり)川、下流が加勢川になる。江津湖はもちろん加勢川の一部だが、つい最近までは江津湖から先が加勢川と思い込んでいた。

熊本近代文学館の裏手を散策する。文学碑がひとつ。サン=テグジュペリの「星の王子さま」「内藤濯」の文字が見える。内藤とは何者ぞと思ったら、仏文学者で「星の王子さま」の翻訳者だが、なんと熊本市生まれで、慶徳小学校出身だそうだ。これも知らなかったもののひとつ。近くには高浜虚子、夏目漱石、中村汀女、安永蕗子などの歌碑もある。巨木の下を散策すると、いたるところに湧水池がある。芭蕉林の濃い緑が目に優しい。だが残念なことに、案内板説明板もなし。散策路は荒れ、滑り易い。都心に近いところにこれだけの「財産」があるのにもったいない。まさに「宝の持ち腐れ」ということだろう。

江津湖を通って、そこから加勢川を下って、一路、川尻へ。加勢川と緑川の間にあり、二つの川を結ぶ中無田閘門(こうもん)を訪れた。名前は聞いていたものの、見るのは初めてだ。閘門は開け閉めすることで、二つの川の水位差を調整して、船舶が行き来できるようにしてある。いってみれば超小型のパナマ運河と思えばいい。昭和17年に建設された。この閘門を利用して天草から干物などの海産物、木炭やマキなどが川尻に運ばれた。緑川上流からは木材が運ばれ、コメの集積地でもあった。川に支えられ、発展してきた町ということも初めて知った。まさに不知を恥じる。しかし、天草五橋ができ、輸送が船舶からに代わって、次第に寂れてきたとか。

ついでに御蔵前船着き場へ。13段の石段が130m続く。緑川、加勢川を通って運ばれてきたいろんな物質は、この船着き場で陸揚げされた。一部は立派に修復され、往時の繁栄の様子が偲ばれる。このあと新開大明神、蓮台寺そして金峰山のふもとの霊巌洞など水にまつわる旧跡を辿った。どこにいっても目新しく、改めて熊本と水の運の深さを知らされた。

話は全く変わるが、先週の20,21日、グランメッセで開かれたKAB主催の元気フェスタは大賑わいだった。二日間に訪れたのは4万2000人。会場内はごった返し、食べ物など売り尽くし、出展者も大喜びだった。これも視聴者の皆様のお陰だと感謝している。この場をお借りして御礼申し上げます。

ヤッちゃんのタメ口

お~っ、今回の話しは久々に勉強になるじゃないか。それに、サン=テグジュペリの「星の王子さま」と熊本がこんな形で結びついていたとは!奇しくも来年のオレ様の手帳モレスキンの「星の王子さまver」だから、より親近感を持ってしまったぜ!!

まあそんなことはさておき、確かに熊本市は水に恵まれた素晴らしい町だ。時折その水が牙をむくこともあるが様々な恩恵を与えてくれている。相談役の言うように、身近にあっても気付かない場所は結構ある。オレ様もたまに江津湖の周りを散策するが、数々の風景に癒されている。しかし、さすがのオレ様も相談役ほど詳しくは知らないから今度散策に付き合わせてやろう。どうぜ一緒に散策する相手がいなくて寂しい思いをしているはずだ。仕事でも日頃面倒を見てやっているが、まあ広報担当としてたまにはプライベートに付き合ってやってもいいかな。うんうん、オレ様はなんて“心が太平洋”のように広いんだろう。こんなやさしい広報担当がいるなんて相談役は幸せものだぜ。