今年はKABに3人の社員が入社した。各部門での研修も終わり、配属先に着任。サケもなかなか強いとか。新人が来ると、職場の雰囲気も若返り、活気が出てくるようだ。さてどう育ってくれるか。いまから楽しみだ。それにしても、ついボクの新入社員時代を思い出してしまう。ボクの場合は悲惨な思い出が多く、入社3日目、3週間目、3ヶ月目には辞職して熊本に帰ろうと思い詰めたこともある。

東京本社で数日間の研修の後、赴任先の東北の秋田支局へ。えっ、こんな遠いところで過ごすのかとびっくりさせられた。さて駅に着いて、支局が何処にあるのかも分からない。とりあえず支局に、到着したことを連絡し、支局にはどうやって行けばいいのか、聞いてみた。ところが「お前は新聞記者だろう。自分で探して来い」と怒鳴られてしまった。ボクは仰天して、これは大変だとおびえてしまった。その日は支局の中で見習い。そのあと2日間は先輩に連れられて、警察、鉄道公安室、検察などを案内してもらった。3日目には一人で回れと言われた。

ところが九州生まれ、育ちのボクにはズーズー弁が全く分からない。何を言われても「ウンダ、ウンダ」と返事するしかない。そうこうしているうちに交通事故で死亡者がでたらしいという情報が耳に入った。すぐ支局に連絡すると、現場に行けと命令された。とりあえずタクシーで現場らしいところへ。どうにか探して支局に連絡したら「お前はどうやっていった」と聞かれたので「車で」というと、「馬鹿もの。警察に戻って、自転車で行き直せ」。あとで考えると、地理を覚えるには自転車が一番いいという助言だったのだろう。

死亡していたのは女性。これまた「顔写真を手に入れろ」と命令された。なんとか住所を聞き出し、被害者の自宅へ。ところが自宅には誰もいない。近所の人に聞くと、女性のご主人も交通事故で亡くなり、残されたのは2人の子供だけと分かった。そんな家族に「顔写真を」と言えるものではない。支局からは「手に入れるまでは支局に帰って来るな」と厳しいお達し。途方に暮れたボクは近所の小川のほとりに立ちすくんで、「熊本に帰ろうか」と思い始めた。それでも気を取り直して、自宅に行くと、ちょうど親戚の人がいて、顔写真を貸してくれた。

そんなこんなで1ヵ月が過ぎ、6人の新人記者は横浜支局に集められ、ここで研修を受けることになった。ボクもそうだが、みんなやつれ果てているように見えた。話を聞いてみると、どこでも散々な経験をしたらしい。なんと4人は神経性下痢症状に悩まされていた。ボクは何ともなかったので、神経が図太かったのか、秋田支局はまだましだったのか。とにかく6人は移民宿に合宿して、傷をなめ合いながら、1ヵ月の研修期間を過ごした。

新人を厳しく育てるというのが昔はごく当たり前のことだった。おかげで半年もたたないうちに一人前(半人前か)の新聞記者の顔ができるようになった。今頃、そんな新人教育をすれば、みんな辞職してしまうだろう。ちなみにボクもずっと後で支局長をやらされたが、優しく、優しく新人教育をしたものだ。さてわが社の新人諸君、厳しさにも耐えて、早く一人前の社員に育ってほしい。

S姉さんのひとこと

え!?秋田に到着してから支局の場所を尋ねたんですか??
そっか。今ならネットで一発検索だけど、相談役が新入社員の時代にパソコンなんてあるはずありませんものね。時代を感じるなぁ。

それにしても、「到着してから」って、いくらなんでも行きあたりばったりすぎませんか?事前に地図で調べるなり、問合せするなり出来たはず…。
これは時代の問題ではなく、人間性の問題ですね。やっぱりそのくらいの図太さがないと世の中渡っていけませんよね!

ということで、新人くんたち、わかった!?ちゃんと、相談役を見習って図太く生きていくのよ!!あ、でも、見習うのは、その「図太さ」だけでいいからね。他までマネされちゃ使い物にならないから(笑)