今回は暗い話ごめんなさい。最近、知人や友人の訃報相次いでいる。平均寿命から見ると、若すぎる。まだこれからという時に、実に残念なことだ。年齢も似たり寄ったりだけに、決して他人事とも思えないのが悲しい。後期高齢者までの残りも段々少なくなった。これからどう生きていくかを考える「終活」や、死後のことを考える「死活」も必要に迫られそうだ。と考えつつ、今夜は何所で美味いものを食べようか、なんてことも悩む。本当にいい加減な人生だ。

つい一週間前、A君が亡くなったという連絡があった。A君とは小学、中学、高校が一緒の幼馴染。家もすぐ裏で、兄弟のように育った。一人息子だったので、兄弟の多い我が家にいつも遊びに来ていた。大学も就職も東京だったが、1年か2年ごとに小中学の同窓会が熊本で開かれ、A君もボクも帰郷して会っていた。4,5年前にはボクとA君の両方の母親同じ病院に入院し、そこで会ったこともある。ここ1,2年は会うこともなく、どうしているのかと心配しているところだった。

その前には、前の会社で同期生だったK君の訃報も届いた。初任地はボクが秋田、K君は隣の青森。次の任地はボクが佐賀、K君は山口で、どちらの移動距離が遠いか、競ったものだ。その後も北九州の社会部一緒に過ごした。さらに東京の政治部でもまた共に働く密接な仲。K君は途中で退社して鎌倉市長に転身した。その後、マスコミ界に戻ったが、付き合いは続いていた。昨年は奥さんと一緒に熊本を訪れ、我が家に一泊した。そのとき、ガンを患ったが、回復し、調子はいいと言っていた。多分、その後、容態が急変したのだろう。今にして思えば、熊本を訪れたのも、それとなく別れを告げに来たのかもしれない。

東京にいたとき、一時、グループ企業関係の仕事をしていた時に、某スポーツ新聞社の社員で、熊本出身のS君と知り合った。S君はその新聞社で株の管理をしていた。その後ボクは熊本に帰郷したが、株の関係で再び付き合いが始まった。母親が熊本在住だったことからS君もよく帰郷し、そのたびに飲み歩いたものだ。彼と最後に会ったのも昨年で、同じように胃ガンになったが、回復したと言っていたのを思い出した。その彼も、ついこの間、亡くなったと連絡があったばかりだ。

このほか、この一年間に亡くなった友人、知人は何人ぐらいになるだろうか。つい数日前には政治部の先輩だったIさんも死去されたそうだ。ボクより10数歳上だが、まだ日本人の平均寿命には達していなかった。やはり惜しい人を失ったものだ。最近では近親者で葬儀を済ませることが多い。訃報を知った時にはすべて終わった後ということになる。中には友人たちで偲ぶ会を開くこともあるが、その時には万難を排して出席しようと思っている。

それにしても人の定めの儚さを改めて思い知らされる。ボクだって何時いかなることになるものやら。しかし、ここで落ち込んではならない。亡くなった友人、知人の分まで人生を楽しんでやらないと。これから第3、第4の青春を謳歌するのだ。いや待てよ、青春というのは言い過ぎだ。ボクの場合はやはり「老春」か。社員たちがどう思おうと、ボクは「老春」を頑張るぞ

S姉さんのひとこと

え?「後期高齢者までの残りも段々少なくなった」??
「後期高齢者」って、何歳からでしたっけ?顧問はまだそのお年ではなかったのですね。
失礼いたしました^^;

それにしても、ずいぶん訃報が続くようですね。見知った顔段々と減っていくのは寂しいものでしょうね。
「年齢順」という訳でもありませんし、人間、いつ何があるかわかりませんよね。

というわけで、私、いつ何があってもいいように、人生、悔いなく生きようと思います!!
まずは、美味しいものから・・・。って、違いますか^^;