「九死に一生を得る」という言葉がある。9割助からないほどの危機から、かろうじて命が助かることや、もう少しで死ぬ危ないところをやっと助かることをいう。長い人生の間には、様々なことが起きるが、ボクは幸いにして「九死…」のような体験は一度もない。それだけ悪運が強いということだろうか。ところが広い世間には、一度ならず何度も命の危機にさらされてきた人もいる。

つい先日、あるパーティーの二次会で、Mさんという人に出会った。建築会社の社長で、県産の木材を使って住宅を建てている。まだ還暦前の54歳だが、これまでに5度も生死の境を体験してきた。危ない目にはあったものの、いまだ健在なのだから、Mさんほど悪運というか、幸運に恵まれた人もいないだろう。そういえば顔つきも、どこか奥が深く人生を見極めたような印象を与える。Mさんと付き合えば、こちらにも福運が舞い込んできそうな気もする。

まず、最初の出来事は出生から始まる。双子の弟だったが、生まれた瞬間は息もせず脈もなく、ご両親は死産だと思い込んだ。悲しみに沈んだところで、突然産声をあげた。なぜそんなことになったのかは、聞いていないそうだ。

2回目は5歳の時。大雨が降り、近所の緑川が増水した。川岸に電柱が流れてきて、Mさんはそれに乗って遊んでいた。ところが電柱は深みに流れ、つい溺れてしまった。幸い、近所の人が間もなく気付いて助けてくれたが、時すでに遅しで、仮死状態だった。恐らく助からないということで、葬式の相談までし始めた。その瞬間、口から噴水のように水を吐き出し生き返ってしまった。3回目は約1年後の6歳の時で、同じ緑川で、土手が突然崩れ川に投げ出された。このときは魚釣りに来ていた人が、魚をすくい上げるタモ網で川岸に引き上げられ、事なきを得た。もし流されていたら、溺れ死んでいただろう。

さて4回目は川とは関係ない。18歳の時、運転免許を取り、友人とドライブに。ところが、あろうことか交番突っ込んでしまった。車が止まったのは、当直で寝ていた警察官の頭から50cmぐらいのところ。幸い、たいして怪我もしなかったが、一歩間違えると大惨事を招くところだった。これまた「九死に…」の類には違いない。

最後はつい最近のことだ。昨年12月、今度は自動車でなく自転車でドライブ。御船町の県道を道なりに走っていた。だんだん道幅が狭くなってきたと思った瞬間、突然、階段が現れた。自転車は空を飛び6m下に。飛んだ距離は約10m。鎖骨と鼻骨を折り、左右の目の位置がずれて5日間、入院した。それくらいで済んだのは幸運以外の何物でもない。打ち所が悪ければ、どうなったか。

それにしてもくどいようだが、「九死に…」というから、Mさんにはあと4回、事件、事故が続くのだろうか。いやまあ、それは単なる言葉の綾であり、「二度あることは三度ある」の類いだ。Mさんには「空飛ぶ自転車」を最後にしてもらいたい、これ以上、不運に遭遇することなく、平穏無事に過ごして、ボクと飲み歩いてもらいたい。ボクと付き合っている限り、大丈夫ですよ

S姉さんのひとこと

なんともまぁ…。世の中には不思議な方がいらっしゃるものですね。
一度でも驚きなのに、五度も生死の境を体験してこられたとは。
それでもご無事とは、よほど、なにか(誰か)に守られていらっしゃるのでしょうか。
幸いにして、私は未だ一度も命の危険に遭ったことはありません。
この先も遭わないよう、平穏無事に暮らせるよう、願うばかりですが、顧問のその根拠のない自信はいったいどこから来るのでしょうか^^;
私も、顧問とお付き合いしている限り大丈夫、ですか?