このところボクの周辺で裏切り者が相次いでいる。「盟友」を誓ったはずなのに、集会場から姿を消してしまうのだ。いかに世間の風当たりが厳しくなろうとも、喫煙の伝統を守り喫煙者の人権を確立しようというのが、誓いの内容だ。最近では喫煙所も少なくなり、そこに行くと同じような顔ぶれがそろう。あたかも喫煙者の集会場といった感じなのだ。そこからポロリ、ポロリといなくなる。常連客が減ってきているのだ。

きっかけはこの春のタバコの値上げからだ。「落ちこぼれ」言い訳は大きく二つに分かれる。ひとつは「健康に自信がなくなった」とか「体調が悪くなって」とか、自律的自主的な禁煙転換派だ。ふたつ目は、「妻や子供たちに迫られて」「医者から禁煙を勧められて」などの他律的な禁煙派だ。どちらにも共通しているのは「なにがなんでも喫煙を継続するぞ」という強固な意志挫けていることだ。いや、ボクは決して「意志軟弱」などと批判しているわけではない。

実をいうと、ボクも友人の医師相談したことがある。その際、相談する医師の選択が大事だ。循環器系内科系だと、相談するまでもなく「なに、まだタバコを吸っているの。即時禁煙」と言われるに決まっている。できるなら外科系が望ましい。なぜなら外科系の医師はストレスが溜まるためか喫煙する人が多いようだ。で、ボクもそういう医師を選んで相談してみた。

「やはり禁煙した方がいいでしょうか」。答えは「君ねえ、その年になって禁煙したって、肺の中腹の中黒さ取れないよ。もう手遅れだから」だって。肺の中はともかく「腹黒い」とはなんだ。確かに周囲からは「腹黒い人物」と言われることは多いが、それは喫煙のせいではないだろう。もともと持って生まれた性格だから、仕方がない。

その医者は続けてこう言った。「無理して禁煙するとストレスが溜まる。確率的にはそちらの方が発病することが多い」だって。ということは、これからも元気で過ごすには喫煙を続けろということだろう。もはや老い先が短いのだから、禁煙する意味はほとんどない。ただし、周囲に迷惑をかけるのは本意ではない。だから喫煙するのは集会場じゃなかった、喫煙所限定しよう。

正直言うと、ボクはタバコを吸うことができない。学生時代、タバコを初めて吸い込んだ際、せき込んで、せきが止まらずすごく苦しい思いをした。それ以来、タバコは吹かすだけにしている。「吸う」のと「吹かす」のはどう違うか。「吹かす」というのは喉の奥に煙を流し込まないことだ。煙は口の中にいったん溜め込みすぐさま吐き出す。そうはいっても多少の煙は喉の奥に流れ込んでいるだろう。

何を言いたいのかというと、ボクはこれからも喫煙は自信を持って続けるということだ。そのためにはどんな屁理屈だって持ち出してやる。屁理屈だって「理屈」の一種だ。なにか文句があるか。愛煙家諸君、一緒に頑張ろうではないか。気が滅入るような話ばかりだが、愛煙家の未来は明るい嫌煙家の圧力に負けることなく、強い意志を持って、お互いに愛煙家の道を貫こう

S姉さんのひとこと

え?喫煙について相談する医師の選択が大事??呆れてものがいえませんね^^;
ま、確かに、これが他の方だったら、私も健康を気遣って「喫煙は今からでも止めた方が…」とお勧めするところですが、顧問のお年にもなれば、今さらねぇ。ご自分でもおっしゃっている通り、かえって禁煙がストレスになってしまいそうですよね。老い先短い(!)んですもの。思いっきり吸ってください。嫌煙家の私は、決して喫煙所には近づきませんから^^