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【特集】くまもと不思議探訪 ~天皇ゆかりの熊本の地名~

今回は、天皇にゆかりがある熊本の地名を調べてみました。
まずはみなさん、第12代の天皇「景行(けいこう)天皇」を知ってますか?
景行天皇は、第12代の天皇で誕生が紀元前13年。古事記によると137歳まで生きたとされています。
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)のお父さんにあたる人で、日本武尊と同じく、実在したかどうか、定かではないそうです。
実は、熊本にはこの景行天皇にゆかりがあると言われる地名がたくさんありました。

景行天皇と御がつく地名

景行天皇は南九州を支配していたと言われている熊襲(くまそ)を征伐するために九州に入りました。
いったい熊本のどこを訪れたのでしょう。
まずは、この漢字に注目!尊敬の意をあらわす「御(おん)」という漢字です。

まずは『御船』
景行天皇がこの地を訪れたときに、川岸に船が着いたので「御船」となったという説があります。
また、景行天皇とは関係なく、仏具を船で運んだので「御船」と名付けたという説もあるそうです。

続いて天草市の『御所浦』
景行天皇が船をつないだと言われる「ともづな石」があり、この地に滞在するための御所をおいたとの伝承にちなんで「御所浦」の名が付いたとされています。

そして葦北町田浦の『御立岬』
景行天皇が熊襲征伐の帰りに田浦の入江で休憩し、岬を出発した、お発ちになったということで御立岬。または純粋にこの地にお立ちになったので
御立岬と呼ばれるようになったという言い伝えがあります。

ではここで問題です!

【第1問】
景行天皇が、あまりの美しさに乗っていた輿(みこし)をとめて、景色を眺めたことから、名付けられたと言われている熊本の海岸と言えばズバリ何海岸でしょう?

《ヒント》
日本の渚百選と日本の夕日百選に選ばれている宇土市の海岸です。

景行天皇 伝説の数々

『水島伝説』
海を旅する一行が、小島(こじま)にたどり着き、昼食をとろうとしますが、飲み水が底をついていました。そこで、山部小左(やまべのおひだり)という人物が、水を探すことに。
しかし、岩でできたその島に湧き水などあろうはずがありません。
困り果てた小左(おひだり)は、磯にひれ伏して天地の神に祈りました。
するとあら不思議。たちまち崖の下から水が湧き出したのだそうです。
そこからこの島は「水島」と名付けられたと言われています。
昔は海に浮かんでいた島でしたが、江戸時代、干拓事業が行われました。
そのとき堤防によって干拓地に飲み込まれる予定でしたが、水島の大切さを訴える声があがり、堤防が曲げられたんだそうです。
この事例は、文化財保護の先駆けと言えるのではないでしょうか。

『湯の児伝説』
水俣を訪れたときのこと。一行は、海岸に湧き出る温泉を発見しました。
景行天皇が触れてみたところ、思いのほかぬるかったので「まだお湯のこどもじゃな」と言いました。
そこからその温泉は、湯の児温泉と呼ばれるようになったそうです。
ちなみにお隣、葦北郡津奈木町には、景行天皇がこの地に船を繋いだので
『つなぎ』と呼ばれるようになったという伝説がありますよ。

このほか闇夜の海上で、謎の火が船を導いたことから、景行天皇が先に見えた陸地を火の国と名付けたとか。
その火の正体を誰も知らなかったことから「不知火」と呼ぶようになった…
なんていう伝説もあるそうです。景行天皇、すごすぎますね!

さて続いての問題です!

【第2問】
熊本には景行天皇にゆかりがあるお祭りがあります。それは次のうちどれでしょう?
A 山鹿灯籠祭り B 八代の妙見祭 C 人吉のおくんち祭

答え

【第1問】正解は…御輿来海岸
おみこしを止めて眺めたから『おこしき』なんですね。

【第2問】正解は…A 山鹿灯籠祭り
景行天皇が、玉名から山鹿に向かう際、濃い霧が立ち込めて進路を阻みました。
そこで村人たちが松明(たいまつ)をかかげて道案内をしたそうです。
諸説ありますが、その松明がのちに燈籠となって神社に奉納されたということで、山鹿灯籠祭りは、景行天皇とゆかりがあると言われています。

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