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【特集】くまもと不思議探訪 ~数字にまつわる熊本の逸話~

今日は12月3日。1、2、3ということでカレンダーの日。
今回は暦をキーワードに熊本の偉人の様々な偶然を紹介!

加藤清正の偶然

清正公の誕生日は、旧暦で6月24日。 そしてなんと、亡くなった日も6月24日なんだそう。
このように誕生日と命日が同じ日のことを「生没同日」といいます。
ここで問題!

第1問

答え

C.坂本龍馬

しかし、龍馬の誕生日は11月15日以外にも候補日があるそうで、「生没同日」であるかどうかは諸説あるそうです。

江戸の刃傷事件

1月23日生まれの歴史上の人物、肥後の鳳凰とうたわれた名君・肥後熊本藩6代藩主・細川重賢の偶然エピソードもご紹介!

細川重賢(しげかた)は五男であり、長兄の宗孝(むねたか)が、第5代藩主。
重賢は本来、藩主となる予定はありませんでしたが、1747年江戸城を訪れた兄の宗孝が大事件に巻き込まれてしまうのです。

事件を起こした人物は、旗本の板倉勝該(いたくら かつかね)。
勝該(かつかね)は普段から何かと素行が悪かったため、板倉家当主の板倉勝清(かつきよ)が、勝該の相続権を取り上げようとします。それに怒った勝該は、刀を抜くことが禁じられている江戸城内であるにもかかわらず、勝清を殺害してしまうのです。
しかし、殺害されてしまったのは、我らが肥後熊本藩・細川宗孝。
なんと人違いで殺害されてしまったのです。

なぜ間違えてしまったのか?
板倉家の家紋はご存知細川家の九曜紋によく似た九曜巴紋(くようともえもん)。
あの宮本武蔵の家紋もこの九曜巴紋。
板倉勝該(かつかね)は、宗孝の背中についた九曜紋を、九曜巴紋と見間違えて斬ってしまったと言われているんです。
そしてこの刃傷事件が、細川家を存続の危機に陥れてしまうのです。

この刃傷事件以降、細川家は家紋を一般的な九曜紋のデザインから、細川家オリジナルの離れ九曜に変更しました。
そもそもこの九曜紋は戦国時代、織田信長が細川忠興に使うことを勧めたと言われていますが、まさか細川家の子孫にこのような災いを呼ぼうとは、思わなかったでしょう。

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