外務省は1994年の外交文書を公開しました。当時の細川総理大臣による初めての中国訪問を前に中国側が首脳会談で人権問題を取り上げないよう再三、求めていたことが明らかになりました。
外務省は作成から30年が経過した外交文書、17冊6824ページを公開しました。
「極秘」扱いの文書によりますと1994年3月、細川総理と李鵬首相による首脳会談に向けた事務方による事前調整の場で中国側は「人権問題に触れないよう」複数回にわたって要請していました。
「言及の場合には李首相は過去の問題を持ち出すかもしれない」と牽制(けんせい)していました。
結局、「人権」については夕食会ではやり取りがありましたが、首脳会談のテーマにはなりませんでした。
当時、中国は1989年の天安門事件のあとアメリカをはじめとした国際社会から民主活動家への弾圧などの人権問題を解決するよう強く求められていました。
夕食会では、李鵬首相が前年のアメリカとの交渉で「米国や西側の人権状況も必ずしも良好ではない」「中国は米国の人権観を永久に受け入れることはできない」とアメリカ側に強調したと明かしていました。
これに対し、細川総理は「米中間の緊迫した雰囲気はよく理解できた」と受け止めたうえで「アメリカンフットボールのようにアメリカは前に進むことだけしか考えていない」と述べ、譲歩しないアメリカのやり方を疑問視する考えを示していました。
細川総理は事前の外務省との打ち合わせで人権問題について「米国の対応は不快であり、中国は中国の法と正義に基づいて対応していると言ってはまずいのか」と発言したことが記録されています。
外務省幹部が「人権が普遍的な価値であるとの点は中国側にはっきり言うべき」と忠告し、細川総理は「もちろん先般述べたことは言わないが自分の気持ちとしてはそうである」と話していました。









