いったい世の中はどうなっているのだろう。そんなことを考えさせるほど、最近は悲惨すぎる事件が続発している。親が子供を、子供が親を、夫が妻を、妻が夫を、弟が兄を殺す。通りすがりの殺人もあるし、集団自殺も一種の流行のように起こっている。およそ常識では考えられないニュースが連日のように流れる。「人命は何物にも換えがたい」という至上命題はどこに行ったのだろう。

テレビや新聞では、その原因について、いろいろ解説している。殺人の動機は怨恨とかお金欲しさとかさまざまだし、衝動的だったり計画的だったりもする。事件の内容はばらばらだが、その根底には、飽食の時代のゆがみ、学校教育のひずみ、核家族での教育不在、地域社会の崩壊が共通してあるように思える。いずれかひとつということではなく、諸要因が複雑に絡み合い、その結果、加害者のいびつな性格形成に至ったのだろう。

僕らの少年時代は、地域社会が一種の教育機関だった。下はよちよち歩きから上は小学校の上級生ぐらいまで、近所の遊び場にたむろしていた。殴り合いの喧嘩もあった。しかし、殴られることによって身の痛みを知り、相手を殴る時には手加減することを覚える。上級生や隣近所のおじさん、おばさんが教育役でもあった。

悪いことをすれば、わけ隔てなく叱られた。家庭にも祖父母や時には叔父、叔母が居て、それとなくしつけや教育をやっていた。そんな中で、相手への思いやりとか、わがままが通用しないこととか、自分を抑えることとか、たくさんのことを身に付けてきたように思う。

しかし、いまやそうした地域社会も大家族もほとんどなくなってしまつた。都市化が進むに連れて、近所付き合いも少なくなった。近所の子供同士が集まって遊ぶ場所も満足にない。放課後の遊び場所だった校庭も、学校管理ということから締め出された。親と子供だけの孤立した核家族の中での教育には自ずから限界がある。核家族の中で育った子供が親になった時、満足なしつけや教育ができるだろうか。学校は家庭教育がなっていないといい、親は学校教育のせいにする。加害者もまたこうした社会の犠牲者でもある。

いろいろ考えると、今後とも犯罪予備軍が増えることはあっても減ることはないだろう。地域社会の復活を、といってもいまさら無理な話だ。家庭も学校も警察も対応策を持っていないように見える。ではどうすればいいのか。僕にもその解答はない。そのことがいらだたしさに拍車をかける。

せめて地域ニュースでは明るい話題を積極的に取り上げていきたい。KABの報道制作局ではそんな思いで、ニュース番組を作っている。そのせいかどうか、夕方の「ニュースラウンド」の視聴率も上がってきた。6月も視聴率は10%前後になり、同時間帯では在熊5局のなかでトップになった。僕らの手作り番組が視聴者の皆さんにも認められたということだろう。今後とも「ニュースのKAB」を看板のひとつにして、がんばっていきたい。

今回は深刻な話題なので、コケボウをからかっている暇はない
従ってコケボウのひとこともないはずだが・・・。

コケボウのひとこと

ショッキングなニュースを扱うと視聴率が伸びる傾向にあるのは、全国ニュースのお話。
KABで作っているのは、地元に密着した地域のニュース。凶悪事件が多いとはいえ、ローカルではそうそう大きな事件が起こることもなく、ある意味インパクトのないニュースかもしれませんが、地元の情報を細かく取材して地道に作り続けた結果が視聴者のみなさんに支持されているとしたら喜ばしいことです。

ニュースのネタに困るくらい平和な世の中になるといいですね。

ところで社長、私、からかわれてるんですか!?