ちょっと時期的には遅いかな。と思いつつ熊本城内にイチョウの黄葉を見に出かけた。ところが、これが大当たり。散り始めで、まさに黄金色の時雨を思わせる。イチョウの下も黄金の絨毯を敷き詰めたようだ。ボクは各地に紅葉、黄葉を見に出かけるが、これほど見事な風景にはなかなか出合えない。眼福の至りといっても過言ではない。まさに熊本城が銀杏城と呼ばれる所以だろう。

実はボクは通勤するとき通常は国道3号を通るが、この時期には城内を抜けることにしている。黄葉したイチョウに心を癒されるからだ。一番の名木は熊本市博物館の横、二の丸駐車場の近くのイチョウだと思う。他のイチョウと比べても、ひときわ大きいし、樹木の勢いや、整った形も素晴らしい。さらに黄葉が濃くて絶妙の色合いだ。車の通る道路に面しているので、すぐ気が付くはずだ。

樹木の大きさからいえば、本丸御殿の前のイチョウの方が大きいかもしれない。この木は加藤清正が植え、枯れるときは熊本城が潰れるという伝説がある。西南戦争の時、熊本城の天守閣や本丸御殿が炎上した時、このイチョウも焼失した。しかし、焼け残った幹の横や下から(孫生=ひこばえ)が生じ、それが大きくなって、いまの形になった。言ってみれば不死鳥のような木だ。いまも焼け残った幹は黄葉の中に見ることができる。本丸御殿も再建され、観光客が押し掛けるのも、このイチョウのお陰かもしれない。

この2本に限らず、城内のあちこちに見事なイチョウが散見され、探し歩くのも一興だ。城内にイチョウが多いのは、籠城した時にイチョウの実のギンナンを食料にするために加藤清正が植えたという説がある。ボクはこの説は怪しいと思っている。食料にするためなら別の果物樹を植えたのではないか。イチョウにしたのは火に強いからだろう。ちなみに江戸時代は火除けのために植えられることが多かった。城内の黄葉は、散り残りも含めて、今週いっぱいぐらいは観賞できるかもしれない。

ところでイチョウは銀杏、公孫樹と書くが、鴨脚樹とも書く。これはイチョウの葉っぱが水かきの付いたカモの足に似ているところから名ずけられたそうだ。雌雄異株で、ギンナンが実るのは雌株だけだ。元々は中国原産で、仏教伝来のころ日本に渡ってきたらしい。これも付け足しだが、ヨーロッパのイチョウは細菌で絶滅し、現在あるのは長崎から持ち込まれたという話をきいたことがある。江戸時代、長崎だけが開港されていたことを考えるとあながち間違いとも言えないようだ。

熊本県内にはイチョウの巨木が多い。その中でもひときわ目立つのが南小国町下城の大イチョウだ。ボクは何度か見に行ったことがある。樹齢1,000年以上で、高さは20mぐらいある。四方八方に枝を伸ばし、自由奔放に育ったように見える。国の天然記念物に指定されている。ただ残念なことに山間にあるためか黄葉の時期が早く、今年はもう散ってしまった

さてこのコラムも次回で400回を迎える。キリがいいので次回で打ち切りにしたいと思うが、ヤッコダコよ、どうだろう。

ヤッちゃんのタメ口

確かに相談役の言うように、関東生まれ&育ちのオレ様にとって熊本のイチョウの巨木の多さには驚いた!!ギンナンも茶碗蒸しの具材の1つぐらいしか認識がなかったが、熊本で初めて焼きギンナンを食べた所、一味でオレ様のお気に入りの食べ物に加わった。見て楽しめて食べても楽しめる。なかなか素敵な木じゃないか!ただし、このイチョウだがオレ様には“痛い思い出”がある。オートバイに乗っていて曲がろうとした時、イチョウの葉で滑ってしまいコケタことがある。いや~っ、あれにはまいったぜ!!そう言えば、市電もレールにイチョウの葉がつまると車輪が滑ってしまうので清掃作業をするな。

それはさておき、そうか次回は400回か!!良く頑張ったな誉めてやろう。そこでオレ様からのささやかなお礼と500回に向けての景気づけのために、来週のコラムにはオレ様の力を駆使してスペシャルゲストを登場させて未来を占ってやるから楽しみにしてくれ!!