どう言う訳か、挨拶講演を頼まれることが多い。最近、特に増えてきたようだ。挨拶といっても、開会とか閉会とか乾杯とか中締めとか、様々だ。それも事前に頼んでくるのなら、それなりに準備するのだが、ほとんどは当日、それも直前にということが多い。びっくりしたのは、友人のお嬢さんの結婚式で、主賓の挨拶が始まる寸前「乾杯を頼んだ人が来ていない。なんとかやってくれ」と言われた時だ。結婚式の乾杯ともなると、数日前から考えていないと、できるものではない。「いやあ、ちょっと」と断ったが、時すでに遅し。何を喋ったか、覚えていないが、とにかく適当に喋って切り抜けた。

「舌先三寸」という。口先だけ巧みな弁舌とか、うわべだけのうまい言葉で、心や中身が備わっていないことだ。ボクも「舌先三寸」と見られているのではないか。演壇に立っただけで、みんな喜ぶことが多い。一言喋っただけで、笑いだす人すらいる。どうやら「舌先三寸」を楽しみにしているらしい。余談だが、最近は間違って「口先三寸」と使う人が増えているらしい。モノの本で調べたら、文化庁の国語に関する世論調査では、間違って使う人が56.7%もいるそうだ。ついでにいうと「下種の一寸、のろまの三寸」と言う言葉もある。戸障子を閉めるのに下品な人は一寸を閉め忘れ、のろまは三寸忘れるということだが、これも今では死語だろう。つい、つまらないことを言ってしまった。

もうひとつ、ボクにふさわしい言葉がある。「口舌の徒」だ。こちらは言葉は達者だが、実行力の伴わない人軽蔑していう。ボクはよく挨拶の中で、「私はお風呂屋さんですから」と言う。その心は「湯(言う)だけだ」。そう、ボクは口先だけで、何の実行力もない。軽蔑されても仕方のない輩(やから)なのだ。これまた余計なことだが、「口舌の徒」は、正式には「こうぜつのと」と読む。ところがこの頃では「くぜつのと」と言う人が大部分だ。誤用があまりにも多く普遍化してきたため、各種辞典でも「くぜつのと」でも引けるようになっているそうだ。いずれも「口は災いのもと」ということか(これは冗談だ)。

さてボクは、挨拶は3分以内と決めている。5分も喋ったら、みんな「長すぎる」文句をいうからだ。それに3分以内だと直前に頼まれても何とかなる。ところが講演ともなると、そうはいかない。理路整然と主張したいことを話すにはどうしても原稿事前に用意しておく必要がある。これが大変なのだ。このコラム1回分を読むというか、喋るのに5,6分かかる。ということは1時間、話をするとなるとコラム12,3回分の原稿がないと、時間は埋まらない。先日、あるところで講演を頼まれた。せっせと原稿を書いたが、10枚息切れがしてきた。

仕方がないので、アドリブ引き延ばした。ちなみにこのアドリブの部分で聴衆の笑いを誘うことにしている。スベったらそれで終わりだが、くだらないダジャレを適当に入れると、それだけでみんな喜んでくれる。「あの人は顔も面白いが、話も面白い」ということだろう。ちなみに演題は「生涯教育の勧め」で、ボクの専門外で、全くの素人だが、何とか講演を終わることができた。お客さんは迷惑だったと思うが、やはりボクは「舌先三寸」ということを証明したわけでもある。

S姉さんのひとこと

あれ?「舌先三寸」、「口先三寸」…?どっちも聞くような気がします。
「舌先三寸」正解ですね?最近、どれが正解だか自分でもわからなくなります^^;
「口舌の徒」もふだん使うことはありませんし、「下種の一寸、のろまの三寸」に至っては、聞いたこともありません。いや、さすが顧問、年の功、ですね。いろいろ勉強になります。

「挨拶は3分以内」というのは、素晴らしいですね!もうちょっと聞きたいくらいがちょうどいいです。

結局、「顧問なら大丈夫」と思って、みなさん、挨拶を任せてくださるわけですね。
いや、その「舌先三寸」、羨ましいです。大人しい私には、とてもとても真似できません^^;