川辺川で計画されている流水型ダム建設の事実上の容認へ。地元漁協が、漁業補償交渉を受け入れる方針を固めました。
球磨川漁協とダム計画。長年にわたって揺れてきたこの問題で、組合員たちが出した結論は「建設の実質的な容認」でした。
11日、熊本県八代市で開かれた漁協の臨時総会で問われたのは、川辺川での建設計画が進む流水型ダムに関する、漁業補償受け入れの是非です。
国土交通省はこれまでに、8億1千万円の補償額を漁協側に提示。ダム建設によって、損害が出る漁業者に、国が金銭補償するというものです。
採決を前に、組合員からは「拙速に採決する必要はないのではないか」といった意見が上がりました。
投票では、賛成426、反対162、無効6。
組合員の3分の2以上が賛成し、漁業補償案を可決。ダム計画の事実上の容認に、かじを切ることになりました。
堀川泰注組合長
「組合員さんの意向を大事にして、国交省との締結に持っていきたいと思っております。今回、組合員さんが賛同していただいたのは、尊い人命を守りたいということの結果だろうと思っています」
漁協の判断は、国のダム計画に大きな影響を与えてきました。
かつて、貯留型の旧川辺川ダム計画をめぐり、賛成派と反対派が真っ二つに。
2001年に開かれた臨時総会では、漁業補償案を否決。
これをきっかけに計画が行き詰まり、7年後に、当時の蒲島知事が、計画の白紙撤回を表明することにつながりました。
それから、およそ四半世紀。
澄んだ水が流れる、球磨川水系の万江川で、釣りをする男性の姿が。球磨川漁協理事の塚本昭司さん。生きたアユをおとりにする「友釣り」といわれる技法の達人として、県内外の釣り人たちに知られた存在です。
塚本さん
「魅力ね、口にできんぐらい面白いよ、本当に。独り言言いながら釣るよ『かからんなぁ』って」
塚本さんは、かつて、旧ダム計画への反対の論陣を張った一人です。
「やっぱり川を守りたいというかですね、自然に対しての負荷もものすごいんですよ、貯水ダムは」
仲間とともに、漁業補償案を否決に持ち込んだ瞬間を忘れたことはありません。
「夜駆け朝駆けして説得して回って…。そりゃ泣いたよ、みんな。みんなで泣いた」
その後、ダムへの考えを大きく揺さぶる出来事がありました。
67人が亡くなり、今も2人の行方が分かっていない、5年前の熊本豪雨です。
この豪雨をきっかけに、川辺川で新たな流水型ダム計画が立ち上がる一方、球磨川流域では、大規模な治水対策工事が進んでいます。
変わりゆく球磨川の本流を、塚本さんが漁で訪れることはなくなりました。
「両方が擁壁になったりね。
(それを見るのが辛い?)もういやですね。昔の状況じゃないですもんね」
何より辛かったのは、親しくしてきた知人が豪雨災害の犠牲になったことでした。
球磨川で釣り客向けの民宿を、長年切り盛りしてきた、川口豊美さんと姉の牛嶋満子さんが豪雨で命を落としました。
「いろんな人から、『ダムができていたら、あの人も流されんでよかったろうに』とか、言う人がおってですね。心理的に、まだ迷いがあるんですよ」
「前は反対したのに、心変わりしたんか、という人も、かなりいると思います。でも、亡くなった人の話をされた時に、やっぱり言葉が出らんだったですもんね」
臨時総会の2日前。投票先への思いは、なお、揺れていました。
「気持ちは、まだぶれていますけどね、しょうがないなという気がします」
11日の臨時総会で、漁業補償受け入れる結果となったことを受けて、塚本さんは次のように語りました。
「不満ながらも、というところですね。みんなで選んだんだから、しょうがないと思うんですよね。いろんな考えの人がいるから、結果は、受け入れざるを得ないと思います」
流域に暮らす多くの人々を翻弄し続けた川辺川のダム計画。予定通り進めば、2035年度の完成を見込んでいます。