前期高齢者の足音も近くなり、次のステップをどうするか。年末も近くなって、つまらない悩みが生じてきた。地元経済界に打って出るか。おっと借金はあっても資力はないからダメだ。小説家・作家はどうだろう。文才はありそうだが、知識も能力もないから、これは飢え死にするしかない。政治家になるほどの人気もないし、票もない。そうだ陶芸家はどうだろう。元県知事、元首相の細川護熙氏は陶芸家に転じて、その作品は高く売れているそうだ。うむ、これはいい。

実はボクは前の会社で文化企画局と言う部署にいたことがある。展覧会、美術展、国際マラソンなど、いろんな文化・スポーツ事業を担当していた。日本伝統工芸展というのもあり、陶芸家の先生方ともそれなりの付き合いもあった。人間国宝の陶芸家とパリに同行したことも。もちろん超一流の作品も見飽きるほど見た。みんな本物だから、ボクの目も相当、肥えている(はずだ)。ちょっと腕を磨けば、ただちに陶芸家になる(はずだ)。そして大金持ちになる(はずだ)。

というわけで、先日、天草市にある丸尾焼の窯元を訪れた。窯元の先生は、以前から面識がある。「陶芸を習いに来た」というと、ゲテモノを見るような目付きになった。まずは小学生に教えるような話を始めた。陶土を渡して「丸を作って」だって。何のことはない、子どもの頃、遊んだ泥ダンゴ作りだ。次はひも状に伸ばして、それで結び目を作る。円盤を作り、その上に、ひも状の陶土を丸く積み上げていく。これで湯飲みやぐい飲みなどを作っていく。教えはそこまで

教えを聞く会長

※教えを真剣に聞く会長。この後“迷器”が誕生することに…

何をつくればいいの。「自分の好きなモノをつくればいい」。もう少し教えてもらえないだろうか。「これ以上教えると、あなたの作品でなくなる」。もっと技術的なことも知りたいなあ。「初歩も分からないのに、無理、無駄」。てな調子で、ホッぽり出された。

こうなれば芸術作品を作ってやろう。さて、何を作るか。そこで、ボクの頭に閃いたものがある。そうだ北大路魯山人好みの大皿にしよう。魯山人は美食家、料理家であり、陶芸家としても超有名だ。ボクだって美食家であり料理人としてもまあまあだ。ボクの目の前はパッと明るくなった。ところが、どういう訳か、陶土は思うような形になってくれない。あっちを引っ張れば、こちらが凹む。上を叩けば、ぐちゃっとなる。そうか、これは陶土が悪いのだ。恐らくボクとはソリが合わないのに違いない。直ちに陶土を変えてくれるよう頼もうと思ったが、この窯元には他の陶土はなさそうだ。

あれこれ苦労すること1時間半。どうやら形になってきた。どことなく芸術的香りも漂っている。我ながらうっとりしてくる。さて、ここで一服。喫煙場所から帰ってみると、ボクの作業台に変てこな平べったい陶土の塊が載っている。よく見ると、ボクの芸術的作品ではないか。どうみても小学生が作ったようにしか見えない。

焼き上がるのに2カ月かかる。恐らく焼き上がれば芸術品に化けるに違いない。ボクはそこまで深読みして作ったのだ。さあ、陶芸家への道に一歩、近づいたぞ。えっ、なんでみんな笑い転げているのだ。身の程知らずめ。

ヤッちゃんのタメ口

暇を持て余すようになるといろいろ良からぬ事を考えるんだなあ~。グルメツアーにマリンスポーツ、山歩きなどなど。あらかたやり尽くしたと思えば、今度は芸術家気取りか!まあ、元気なのはいい事だがな!!作陶を個人の楽しみにするのは一向に構わないが、そのうち自作の迷器…いや陶器の数々を集めて“作陶展”をやるとか言い出さないよな。会社のロビーを解放して…(汗)

それにしても見てくれ、会長作の皿もどきを。“器は人の心を表す”と言うが(作・ヤッちゃん)まさに会長の人柄を表すような“おおらかな”皿じゃないか。「どんな料理でもかかってこい!!」とばかりに広げられた大皿…確かに味があると言えば味があるが、ただ陶土を広げただけにしか見えない…。「陶芸家の道に近づいた」なんて失礼も甚だしい。身の程知らずとは自分の事だろう、まったく!!

会長の作品

※まるで“ピザの生地”かのような大皿…
確かに焼き上がったら化けるだろうな。物の怪に…(汗)