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2026年8月9日 22:38
【戦後81年の証言】国策が奪った家族と歳月“サヘル・ローズが辿る”残留孤児の苦悩

終戦から81年の夏。8月9日は中国残留孤児たちにとっては苦難の始まりの日であった。戦争によって親と引き裂かれ、中国に取り残された2人の残留孤児。長い歳月を異国で生き抜いた女性たちの歩みを、自らもイラン・イラク戦争(1980~88)の混乱の中で孤児となった俳優・タレントのサヘル・ローズさんが辿った。1932年、日本の関東軍が主導して中国東北部に満洲国を建国。日本政府は国策として満蒙開拓団への参加を募った。33歳以下の身体が丈夫な人を対象に、1家族1000円の補助を掲げ、映像を使って満洲での豊かな生活をアピールした。入植者は増え、終戦直前には27万人の農業移民が海を渡った。中国残留孤児が生まれた背景を辿るため、サヘルさんは長野県阿智村の「満蒙開拓平和記念館」を訪ねた。

1945年8月9日、ソ連軍が満洲へ侵攻。しかし、開拓民を守るはずの関東軍は、侵攻の数カ月前に満洲の大部分を“放棄地域”として南へ撤退していた。その計画は開拓団には知らされず、逃げ道となるはずの橋や線路も爆破されていたという。こうした事実を知り、「ひどいという言葉が軽すぎるぐらい」とサヘルさんは言葉を失う。取り残された開拓民は、ソ連軍から逃れるため南へ逃避行を始めた。その過程で、幼い子どもを連れて逃げ切れず、置き去りにしたり、中国人に預けたりする親もいた。戦火と混乱の中で親子は引き裂かれ、日本へ戻ることのできなかった中国残留孤児は、厚生労働省の集計で2818人に上る。

池田澄江さん(81)は、生後10カ月で実の両親と生き別れ、中国人の養父母に大切に育てられた。しかし、日本人の子であることを理由にいじめられ、自らの出自を知った後も、日本人であることを隠して生きた。37歳で日本へ渡ったが、名乗り出ていた男性との親子関係は血液鑑定で否定された。それから13年。偶然出会った女性とのDNA鑑定で肉親と判明した時、池田さんは「太陽が出たみたい」「本当にうれしかった」と振り返る。

南島姫勢子さん(86)は、5歳の頃に中国人の養母に難民収容所で命を救われた。1983年、約40年ぶりに実母との再会を果たしたものの、母にはすでに新しい家庭があり、失われた歳月を埋めることはできなかった。1988年には夫や子ども、そして命の恩人である養母を連れて日本へ永住帰国。しかし、今度は日本語という新たな壁に直面した。中国で教師だった南島さんはビル清掃の仕事に就き、生活を支えた。養母については、「命を救ってくれた」「知識と教養を授けてくれた」と深い感謝を語る。

2人の証言に耳を傾けたサヘルさんは、その失われた歳月と家族への思いを受け止めた。国家が進めた政策の帰結を、最後に引き受けたのは誰だったのか。終戦から81年の夏。なお消えることのない中国残留孤児の記憶と苦悩を辿ったサヘルさんは、戦争は何を奪うのか、そして平和とは何かを問いかける。 特別企画:「戦下の孤児サヘル・ローズが辿る、『残留孤児』戦後81年の苦悩」

★ゲスト:サヘル・ローズ(俳優・タレント) ★アンカー: 杉田弘毅(ジャーナリスト/元共同通信論説委員長) ★ナレーション:中山研(無名塾) ★制作スタッフ 撮影:神谷潤 熱田大 編集:鈴木悠矢 MA:加藤貴春 音効:宮本陽一  ディレクター:生駒安ずみ野 プロデューサー:中西志帆 江口英明