
「人生を美しく締めくくった」胎児性水俣病の金子雄二さん死去71歳 最期まで患者の自立訴え
2026年9月22日
膀胱がんのため、21日に71歳で亡くなった、胎児性水俣病患者の金子雄二さんの葬儀が営まれました。
水俣病公式確認の前の年、1955年に生まれた金子雄二さん。
母親の胎内で、メチル水銀の被害を受けた胎児性水俣病の存在を明らかにするきっかけとなった患者です。

(姪・吉田千春さん)
「同じ時代を生き、長い年月苦楽をともにしてこられた胎児性水俣患者のみなさま、家族として心から感謝致します」

(胎児性患者・永本賢二さん)
「金子さんの分まで生きていこうと、神様どうか金子さんを天国に送ってくださいと言いたい」
水俣病患者の自立を目指し続けた人生でした。
2014年からは、肺と心臓の病を患っていた母スミ子さんの負担を減らそうと、実家を出てケアホームでの暮らしを始めました。

(金子さん)
「本当は(家に)帰りたい(帰ると・・・)困る、お母さんが・・・」
寂しさを抱えながらも、歩行訓練を繰り返すなど、自らの力で生きるため努力を重ね続けた人でした。

水俣市のもやい館では、23日から水俣病患者らによる作品展が開催されています。
約50点が、9月26日まで無料展示されていて、金子雄二さんが「花」としたためた書も展示されています。