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2026年9月24日
済々黌高校出身でセンバツ高校野球で初優勝した時の主将だった末次義久さんが亡くなりました。

末次さんは済々黌出身で選手として3回甲子園に出場し、1958年春のセンバツ高校野球では、キャプテンで1番ショートとして活躍。準々決勝では王貞治さん擁する早稲田実業に勝利して県勢では春夏通じて、初めての優勝を果たしました。
また、母校の監督としても、2回、甲子園に出場しました。
KABの夏の高校野球中継で、長年、解説を務めたほか、熊本県内の野球界の発展に寄与しました。熊本市内の病院で23日、亡くなりました。86歳でした。