
今年11月、熊本県小国町に“泊まれる名建築”が誕生しました。元は建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」を受賞した伊東豊雄さんが設計した住宅でしたが、継承が課題となっていました。
6年間手つかずだった建築に新たな息吹

小国町宮原の豊かな自然に溶け込むように佇む白い建物。一見シンプルな長方形の箱型に見えるこの建築物は、中央が大きく開かれた開放感あふれる特徴的なデザインが目を引きます。

設計した伊東豊雄さんは、大阪・関西万博のシンボルの一つとなったEXPOホール「シャインハット」をはじめ、熊本県の八代市立博物館「未来の森ミュージアム」など、国内外で多くの設計を手がけてきた建築界の巨匠。その伊東さんが、彫刻家・末田龍介さん夫妻のために特別に設計したアトリエ兼住宅でした。

末田夫妻が高齢で亡くなり親族に相続されたものの、活用方法を見出せず、約6年間、手つかずの状態が続いていたといいます。
ここに着目したのが全国の貴重な建築物の保存に取り組む「アートモダンジャパン」です。外装や内装は本来のデザインを維持しながら修繕。「OGUNI S HOUSE」として、まず2階の一区画で宿泊施設をオープンさせました。


アートモダンジャパンの中里恭宏さんは「なかなか手に入りにくい波板ガラスなどを使ってあって、空間の奥行きが感じられるのもキーポイントの一つ」と説明します。

建築保存の課題と文化財制度の限界
「OGUNI S HOUSE」として生まれ変わった建物は築28年がたちますが、日本では「古くなったら壊して新しく建てる」文化が海外より強く、有名建築家の作品でさえ失われることが少なくありません。

世界の建築物保存に詳しい東京理科大学の山名善之教授は、このような事例を「社会的に大きな損失」と指摘します。背景には日本の文化財の評価基準の問題があるといいます。
「竣工後50年というのが登録有形文化財の一つの条件になっている。これが一つのネックかなと思います」
登録有形文化財は、原則として建設後50年を経過していることが前提となっています。しかし、相続など所有者の世代交代が生じた際に取り壊しを選択するケースが多く、早期の評価が必要だと山名教授は主張します。
「フランスでは、登録文化財的なもの、あるいは、指定文化財的なものに年代の制限がありません。いいものはいい。その時代に生きている人が判断しないといけないと思うので、逆に50年経っていないから文化的な価値がないということ自体がナンセンスだという気がします」
建築文化の保存が地域活性化につながる可能性
「OGUNI S HOUSE」は、宿泊施設のほかにもコワーキングスペースや木工作家のアトリエなどとして使われる予定です。

11月に開かれた見学会には、県内外から参加者が訪れ、プラスの影響を期待する声が上がりました。
「外から評価されたり、外から利活用してくれる動きがあると、多分、地元の人でも『こんないいものがあったんだ』って思ってくれて、より興味を持つきっかけになればいいなと思います」と南小国町在住の見学者。

学生からも「外観は色がないなと思っていましたが、それは木々の緑だったり田園の綺麗さが引き立っていて、伊東先生の思う自然との調和を感じることができました」という感想が寄せられました。
アートモダンジャパンの中里さんは「小国という街に来るきっかけとなる建物になってほしい。建築や自然、アートなど、いろんなことを学べる場所であることを望んでいます」と今後の展望を語りました。
貴重な建築物の保存と活用が、町のにぎわいにつながることが期待されています。













