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2026年4月14日 21:03
完成は26年後 熊本城の現在と未来は?石原良純×熊本市長「熊本城復興の道 特別対談」

 熊本地震から10年。熊本のシンボルである熊本城は、2052年度の完了を目指して、復旧が進められています。お城好きで知られる石原良純さんが熊本市の大西一史市長に、熊本城の現在と未来について尋ねました。(「熊本地震10年 熊本城復興の道」特別企画)

「これは無理だ…」地震後に絶句

2026年 熊本城小天守閣にてcamera icon
2026年 熊本城小天守閣にて

良純さん:熊本地震から10年、今この景色を見ていかがですか?

大西市長:地震後は、本当に絶句しました。まさかこうやって観光客の皆さんが今たくさんいらっしゃるようになるとは夢にも思わなかったので、そういう意味では、本当に感慨深いです。

良純さん:10年前の景色をリアルに見た人間にとっては、今の熊本城はかなり直ってきたなと感じます。

大西市長:あまりにも崩れすぎていたので、「これは無理だ」と思ったんです。地震前の姿にちゃんと戻すなんて、とても無理だな、どうしよう、と。それよりも、まだ避難所で生活している方がたくさんいらっしゃいましたし、まず市民の生活をどうやって守るのかが先にある。その上で、お城は熊本市民にとってのシンボルですから、なんとか立ち直らせなければいけない。これは大変なことだと思いました。

「心の拠り所」熊本城の存在

良純さん:熊本城は市民にとってどういう存在なのでしょうか。

大西市長:熊本の人たちにとって、単なる文化財や観光拠点ではなく、心の拠り所なんです。精神的な支柱になっているのが、熊本城という存在だと思います。熊本城を見ながら元気になったり、熊本城にすごく誇りを持って、シビックプライドとして持っている。

良純さん:お城の魅力は、街を歩いていて、お城が見えたときに、「ああ、お城が見てるから、自分は正しく生きなきゃいけないな」と思わせてくれるところですよね。

大西市長:市長室からも熊本城がきれいに見えるんです。仕事をしていて、振り向くと熊本城しかない。熊本城を見ながら、「これでいいんだろうか」と、相談相手になるような存在です。

良純さん:市民の皆さんにとっても、いろんな形で拠り所になっているのでしょうね。

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大西市長:だからこそ、熊本地震の後にお城の瓦が落ち、ボロボロになった姿を見て、皆さんが涙されたんです。「とんでもないことが起こった」と市民の皆さんが改めて自覚したのが、この熊本城の姿だったと思います。自分が傷ついたように心を痛めて、涙したのだと思います。

良純さん:当時、市民の方が「この城が元どおりの姿になるまで私は死ねない」とおっしゃっていたのが象徴的でした。

大西市長:長い道のりになるのは覚悟しましたが、お城が復旧して元気になっていく姿が、市民の皆さんが自分たちの生活を取り戻すことにつながる。復旧には、すごく意味があると考えて計画を進めてきました。

「2052年」復旧プロセス自体が歴史に

良純さん:当初、20年程度で元に戻るのではないか、という話でしたが、それが延びて2052年に復旧完了と示されました。

大西市長:長いですよね。私はいま58歳なので、85歳ぐらいになります。

良純さん:私も、もたないかもしれない。ですが、やはりこの年月は必要なのでしょうか。

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大西市長:当初は「20年で戻そう」と言いました。担当者たちは「いや、それは無理だけどな」という顔でうつむいていましたが、それでも言わないと、もっともっと遅くなってしまう。スピードも大事だと。ただ、時間がかかっても、その復旧過程を段階的に、熊本城の様々な姿を目に焼き付けていただきたい。そう考えを転換して、ここまで来たという感じです。

 元の状態に戻すのは2052年までかかりますが、そのプロセスを市民の皆さんと一緒に共有していくことが、大事ではないかと思っています。

 同時に、石垣が崩れたことによって、中に栗石があるなど、いろいろなことが解明できたわけです。新しい発見として共有し、一つの財産にしていく。傷ついた状態も含めて、ともに生きていくということなのかなと思います。

加藤清正公なら「最強の城を作れ」と

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良純さん:僕らの時代なりの実用性というのもあると思うんです。今作ったものが、100年後の人から見れば、歴史的価値のある熊本城になるのではないでしょうか。

大西市長:この復旧プロセス自体が歴史なんだと思います。宇土櫓は昭和2年に大改修され、鉄骨などで補強されています。おかげで、今回崩れなかったかもしれない、ということが分かっている。

良純さん:昭和の時代には、それが最新鋭の技術だったわけです。その時代ごとの最新技術と歴史が融合した文化財というのも、あっていいのではないかと思います。

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大西市長:いつも思うんですよ、もし築城した加藤清正公が今生きていたら、どんな判断をするだろうかと。きっと「強いお城を作れ」と。文化財的な価値は守りながらも、最新の技術で最強のお城を作れ、というのが清正公のオーダーになるんじゃないかなと思います。

良純さん:少なくとも「また崩れるものは作るな」とは言うでしょうね。

大西市長:だと思います。石垣の補修方法一つとっても、当初の案に対して私が反対したこともありました。そうした対立や議論があったことも、記録に残していく。それが歴史になる。その上で、熊本地震を経験した者として、安全性は絶対にないがしろにはできない。そう考え、この10年間やってきました。

良純さん:地震の前と同じように使えるようになってほしいですし、安全性も分かります。一方で、もう少し早く復興していただきたいなという思いもあります。

大西市長:できれば前倒ししたいと思っています。ただ、段階的に、“奇跡の一本石垣”で知られる飯田丸五階櫓の復旧が数年後に始まります。その姿が現れたとき、「ああ、熊本がまた戻ってきたな」と実感されるでしょう。さらに7、8年後には宇土櫓が戻って…と時間はかかりますが、その場面、場面で、皆さんに楽しんでいただけるように復旧していけたらいいなと思っています。

良純さん:お互い元気でいて、復旧した後に、また、対談をしたいですね。

大西市長:それができたら、すごいですね。

良純さん:杖をつきながら。1日も早い復興を楽しみにしております。

 熊本地震から10年。これまで熊本城の復旧を追いかけてきた石原良純さんが、復旧の現状とこれからを取材しました。「熊本城復興の道~つなぐ思い、受け継ぐ技~」として15日午後7時から放送します。

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