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2026年4月16日 10:47
「阿蘇神社が崩れた…」再建を支えた2万時間の動画記録 人生変えた熊本地震から10年

 20164月の熊本地震から10年。「本震」と呼ばれる16日の地震では、阿蘇大橋が崩落し、阿蘇神社の楼門や拝殿が崩壊しました。

 御田植祭や火振り神事など農耕祭事をはじめ、阿蘇に暮らす人々の拠り所である阿蘇神社。この復旧を撮り続けた男性がいます。その人生をも変えることとなった記録は、2万時間に及びます。

帰省していた阿蘇の実家で

 「前震のときは、そこまで揺れなかったんですよね。益城や熊本市内の方が大変で、親戚は大丈夫か、手伝いに行くね、って」

 映像作家の中島昌彦さん。前震と呼ばれる最初の地震が発生した2016414日は、たまたま、東京から阿蘇市の実家へ帰省していました。前震で、阿蘇市は震度4。最大震度7を観測した益城町などと比べると、まだ余裕があったといいます。

 しかし、16日未明に起きた本震が、すべてを一変させました。

 「家が崩れるぐらいの大きい地震が来たんです。飛行機で着陸するときにガーンて揺れるぐらいな感じで。築80年、90年の家が潰れるかと思うぐらい揺れて、家の中の土壁が落ちたり、テレビが倒れて壊れたり…」

 父親や祖母の無事を確認し、近所の人を車に乗せてコンビニの駐車場で一夜を明かしました。「阿蘇神社が崩れている」と同級生から聞いた中島さん。湧き水を汲みに行った先で、変わり果てた光景を目の当たりにしました。

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 「すごいショックで、ちょっと信じられないぐらいなことが起きたんだって。熊本地震の規模の大きさを、阿蘇神社が倒壊してるのを見て、実感したという感じで」

 阿蘇神社のシンボル、楼門をはじめ、江戸時代に建てられた神殿など国の重要文化財6棟が倒壊。拝殿などあらゆる建造物が無残な姿となっていました。

 小さい頃から慣れ親しんだ阿蘇神社。祖父母も両親も中島さんも、結婚式を挙げた特別な場所です。「何か自分にできることはないか」という思いが湧き上がり、神社に話を聞きに行ったといいます。

 「ずっと動画制作を仕事にしてきたので、写真や文章で被害状況を訴えるよりは、本職である動画でお手伝いさせていただくのが、ベストではないかと」

 真っ先に思いついたのが、被害の状況を発信することでした。神社のホームページもSNSもなかったため、サイトの作り込みから始めることにしました。撮影機材は一台もなく、最初は佐賀の後輩に依頼したといいます。

 「佐賀からずっと通ってもらうのは難しいので、東京に行って、カメラメーカーさんを回ったんです。『カメラを貸していただくことによって、熊本の支援につながる』『カメラを貸してください』って、プレゼンして」

 そうして手に入れた機材を手に、再び、阿蘇へ戻ったのが、地震から1カ月ほどたった頃でした。

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 実は、それまで、自分でカメラを持って撮影した経験はほとんどなかったという中島さん。撮影を始めた当初は、初めて見る修復工事をどう撮影していいかもわからず、毎日のように撮影に通ったといいます。

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 「一度、工事業者の方に、撮りだめてきたものをお見せしたら、すごく喜んでくださって。そこから『今、撮り時だから、おいでよ』と連絡いただけるようになって、共同作業みたいな感じになりました」

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 楼門など重要文化財と違って、補助がない拝殿などの復旧支援でも、中島さんの動画が大きな力に。全国から支援の声が届くようになり、記録し続けることに意義を感じるようになったといいます。

 「たまたま自分が帰ってきてて、たまたま地震にあって撮り始めてはいるんですけど、途中から使命感というか、自分が撮らなければ誰が撮るんだって」

 こうしたなか、地震があった年の秋には、単身で阿蘇へUターン。 4年後には妻も移住し、阿蘇に暮らしながら、阿蘇神社の復旧を記録し続けました。

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 そして、復旧工事が完了したのは、地震から8年半がたった2024年末のこと。

 「最後、花火が上がったんですけど、そのとき、あー、やっと終わったんだって、すごく込み上げるものがありました。工事期間中、ずっと覆われていたので、誰が修復したのか分からない。だから、僕の記録を通して、この人たちが阿蘇のために汗かいてくれたんだって、絶対に知ってほしかったんです」

 中島さんが撮りだめた阿蘇神社の記録は、2万時間。しかも無償で続けてきました。

中島昌彦さんcamera icon
中島昌彦さん

 「今までは、どうやったら面白く、いろんな方に見ていただけるかとか、視聴率取れるかも大事なんですけど…。そこじゃないものというか。自分が本当に大事だと思うものを撮りたいし、残したいですし、それに自分の人生も時間を使いたいって。無償ででもやりたいと、これだけ必死になったのは初めてです」

阿蘇神社がつないだ縁 

 阿蘇神社での撮影がきっかけとなって、始まったものもあります。2019年に火災で多くの施設が消失した沖縄の首里城の復旧の記録撮影です。

 「阿蘇神社の宮大工さんたちが今、首里城を修復してるんですよ。仕事として動画を記録してほしいって、お声がけいただいて。10年前にはカメラも触っていなかった人間が、首里城を撮っているとは、想像もつかないですよね」

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 熊本地震をきっかけに変わった人生。10年たっても変わらない思いはあります。

 「これだけ災害が起きてるので、今後も起きると思います。そのときに何かできることはないか。また、動けたら、と思います」

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