
5月1日に公式確認から70年を迎える水俣病。原因企業のチッソが、メチル水銀を含む排水を流したことによって、不知火海の魚介類が汚染され、一帯に健康被害が広がりました。
被害の全容は…
被害は、どこまで広がったのか。70年間、解明に向けた健康調査は行われておらず、実態は今なお、明らかになっていません。
公式確認70年にあたり、熊本朝日放送と朝日新聞社、鹿児島放送、熊本学園大学水俣学研究センターは、共同でアンケートを実施しました。

「夜中に針でさすような痛み」
「今も手がしびれて字が書きづらい」
「もう終わりだ」
患者や認定を求めて申請している人など1175人から回答を得ました。
なお、「あたう限りすべての被害者の救済」をうたった2009年施行の水俣病特措法については、国が定めた認定基準が「厳しすぎる」としたのが40%、「適切だ」とした16%を上回りました。
2026年度に始まる「健康調査」
国は今年度から、不知火海沿岸での健康調査を初めて本格実施します。
「人間の脳が働きますと、人間の頭から自然と磁気が出るんですけど、それを測定することで、頭の中の神経細胞の活動を調べる検査になります」と国立水俣病総合研究センターの中村政明臨床部長は説明します。

機器の一つである、脳磁計MEG。磁気を検出するセンサーが306個備わっています。電気刺激を受けた際の、脳の反応をモニタリングする仕組みです。MRIによる検査を掛け合わせることによって、メチル水銀の影響を客観的に評価できるとしています。
本格調査は1000人規模になる予定ですが、被害者団体は国の手法について「検査に時間がかかるため、大規模調査にはふさわしくない」として反対しています。
救済対象地域外の内陸部「行商の魚が…」
今回実施したアンケートの回答者のなかには、生まれ育った地域で健康調査を行うよう望む人がいます。

不知火海から30キロほど離れた鹿児島県の内陸部。旧大口市、今の伊佐市で生まれ育った米盛敏行さんは、約20年前から、水俣病被害を訴えてきました。
「なんでここまで、大きくなっているのに、大口に魚を持ってきよったのに、調べんかったんかな、っていうのが第一印象やね」
幼い頃、近所の鮮魚店主が水俣の魚を販売していたと訴えています。

かつて、旧国鉄山野線によって結ばれていた水俣と伊佐。山野線沿線の駅で、魚の行商が行われていたという証言は数多く残っていて、この「行商ルート」に沿う形で水俣病の被害を受けたと訴えている人が点在しています。
ただ、海から遠く離れた伊佐は、水俣病特措法の救済対象地域から外れたため、救済から漏れる人が続出し、今に至ります。
米盛さんは長年、足がつる「こむら返り」に苦しんできました。水俣病で多く見られる症状の一つです。
取材の最中にも……。
「あたたたたたたた」
「予告なしたい。夜が多いけどね。来るときは3回から4回」
かつて、鹿児島の鉱山で働いていましたが、掘削作業で起きた労働災害で手のこわばりが残っています。そのリハビリ治療も兼ねて、週6日、30キロ離れた水俣市内のクリニックに通っています。
原因は水俣病ではないのか――
その思いから、健康調査の対象地域を伊佐にも拡大するよう望んでいます。
「魚が来ているのは事実だから。水俣の魚が大口に来ていたのは事実ですよね。そこで被害が出ている人もいるわけだから。少しでも痛みを人間として感じるなら、どうにか手を打つのが道じゃないかと思うんよな。年を取る前に、死ぬ前に調べてほしいなと思う」
水俣病公式確認から70年にあたり、朝日新聞社と熊本朝日放送では、取材記者や専門家が健康調査をめぐる問題や歴史継承などの課題について意見を交わしました。4月30日から朝日新聞デジタルで配信予定です。












