
水俣病の公式確認から5月1日で70年。犠牲者慰霊式に合わせて、石原宏高環境大臣が、去年の就任以来初めて水俣市を訪れました。
記者
「マイクオフ問題が大きな波紋を広げてから2年。石原環境大臣がこれから被害者団体との懇談に臨みます」

被害者団体との懇談の場で、環境省職員がマイクを切った問題をきっかけに、その在り方が厳しく問われてきた国の水俣病行政。
浅尾前大臣と同じく、2日間かけて水俣病患者・被害者らとの意見交換に臨んでいます。

石原大臣
「みなさんのお話を聞いて、慰労福祉をしっかりやっていきたいと思っているので、宜しくお願いします。」
胎児性水俣病患者である、坂本しのぶさんらとの懇談では。
坂本しのぶさん
「(大臣のお父さんに)言われたことを思い出します。」

石原大臣の父、石原慎太郎氏が環境庁長官を務めていた1977年、坂本しのぶさんが抗議文を渡すと、石原慎太郎氏が「患者さんは知能指数が低いが、抗議文は彼女たちが書いたのか」と発言し、問題となりました。
坂本しのぶさん
「昔、(石原慎太郎氏が)大臣になったときに腹を立てた。IQが低いのにと言われたことを思い出しております」
石原大臣
「父は、環境庁長官で水俣のことがきっかけで、非常に環境問題を考えるようになって、しのぶさんのお話もよく分かっている。父も生前申し訳ないことをしたと言っていた」
懇談後坂本さんは…

坂本しのぶさん
「(当時)ものすごく頭にきていた。(大臣は)本当にどこまで分かっているのだろうと思った。私たちは水俣病になって代われない。大臣は代われるけど」
夕方の懇談では、被害者団体らが石原大臣へ認定基準の見直しなどを求める要求書を提出しました。

水俣病被害者・支援者連絡会 山下さん
「70年経ってもなお、水俣病は終わっていない、このことはなぜだろうと、環境省や県は考えたことがあるか」
水俣病被害者互助会 谷さん
「改めて水俣病被害の実態をちゃんと調査をしたうえで、水俣病問題に取り組む姿勢を考えていただきたい」
一部の裁判では、広く水俣病と認める判決もでていますが、環境省は従来の主張を繰り返していて、70年経ってなお議論は平行線を辿っています。

石原環境大臣は1日、水俣病犠牲者慰霊式に出席します。













